八.
騒がしく朝を知らせる目覚まし時計を止めると、僕は大きく伸びをした。光を遮る厚いカーテンを開くと、朝靄を吹き払いつつある陽光が部屋に入ってくる。この霞んだ景色を見ると、なんだか落ち着く。僕に馴染みの時間帯は、夕方だけれど。
夕靄というと思い出すのは、夢に出てくる小学校裏の古びた本屋さん。あそこに行く時はいつも夕方で、道路の白線が見えないほどの靄に街が包まれていた。一度、昼間にあの本屋さんを探しに行ったこともあったっけ。けれど、当然見つからなかった。それはそうだよな、夢の中の本屋さんなんだから。
太陽はじわじわと昇ってゆき、朝の霞は見る間に晴れてゆく。あまりゆっくりしていると、学校に遅刻しちゃうな。頭を振って残った眠気を振り払うと、着替えのために衣装箪笥を振り返った。
(あれ?)
視界の隅に、机が映った。その上に置かれたものに、僕の目が引きつけられる。昨日探していた、部屋中探しても見つからなかった図鑑が、置いてある。
(なんで? 全然見つからなかったのに、なんでこんな見つかりやすいところにあるわけ?)
昨日は、本棚と押入ればかりを探していて、机に目が向かなかったのだろうか。そんなことはないと思うが。そもそも、文庫本や教科書程度の大きさの本ならともかく、大判の図鑑が机の上に無造作に置いてあれば見落とすなんて有り得ない。・・・と思うものの、自分にどこか抜けているところがあるのは自覚しているから、絶対とは言い切れない。
それに、どうして探していた巻だけがあるのだろう? 残りの十五冊はどこに消えたんだ。もしかして、最初に見つけて机の上に置き、それを忘れて、ないないと騒いでいたのだろうか。そうだとしたら、間抜けも良いところだ。
そういえば、昨夜も夢の中であの本屋さんに行った。いつかの夢の中で預けた本を、何冊か持って帰ってきた。その中にこの図鑑もあって、だから今、これがここにあるのかもしれない。・・・いやいやいや、何を夢みたいなことを考えているんだ、僕は。夢“みたい”どころか、夢そのものじゃないか。夢と現実が繋がっているなんて、そんな夢みたいなことがあるわけがない。
きっと、押入れの奥に仕舞い込んだ図鑑を見つけて、片付けている間に見つけたことを忘れてしまった、そういうことだよ、うん。
「御飯よ~、早くしないと遅刻するわよ~」
母の声に我に返ったぼくは、慌てて身支度を始めた。昨日はないと思った図鑑が見つかったことに驚いて、パジャマのままで茫然と立ち竦んでいた。探していたものが見つかったんだ、それで良いことにしよう。