七.
「あれ?」
図鑑がない。どこにいったろう? 本棚の一番下の段に置いておいたはずなのに。ないと困るけれど普段は本棚のかなりの部分を占拠し、しかも重いから見るのも大変ということで、今は小判の小さい図鑑を手に入れて専らそれを使っているが、内容が薄いことは如何ともし難いので、以前、父に買って貰った大判の図鑑もずっと持っている。今となっては少々情報が古いが、それでも小振りの図鑑に足りない情報を補完するには充分だ。
その図鑑が、部屋のどこを探しても、ない。あんな大きくて嵩張るもの、一体全体、僕はどうやって無くしてしまったのだろう? 一冊なら、姉が勝手に借りていったとも考えられるが、十六冊全部がないとなると、それも有り得ない。
部屋中の本棚を隅から隅まで探し回り、古い教科書と一緒に押入れに押し込んだかと思ってそこに頭を突っ込んでも見つけられず、本当にどこにいってしまったのだろう。
探し疲れて椅子に崩れるように座り込み、息を吐く。部屋を見渡せば、いやでも本棚が目に入る。何しろ、狭い部屋の壁が見えないほどに詰め込まれているのだから。つらつらと眺めていると、おかしなことに気付いた。図鑑だけでなく、かなりの数の本が減っている気がする。以前──といってもつい最近のはずだが──は、びっちりと詰まっていた本が、今は余裕をもって並んでいる。本にとっては今の環境の方が好ましいのは当たり前だ。けれど、減った本は一体どこへ消えたのだろう?
注意深く、一冊一冊を見てゆくと、最近はあまり読まなくなった本が無くなっているようだ。僕の本を勝手に捨てるような不心得者は家族にはいない──黙って借りられることはしょっちゅうたが──し、希少価値があるわけでもない本を選んで盗んでゆく泥棒がいるとも思えない。本当に、どこにいってしまったのだろう。もう一度、押入れの中を探してみようか。探していた図鑑にしても、今すぐに必要というわけじゃないし、時間を掛けてしっかりと探してみよう。
「みんなっ、お夕飯できたわよっ」
母が呼んでいる。改めて押入れをひっくり返すのは後にして、今は腹を満たしてこよう。もしかしたら机の後ろかどこかに落ちていて、見つからないだけかもしれない。消えたすべての本が机の後ろにあるなどという幻想は持っていないが、この部屋のどこかにはあるはずだ。時間を掛けて部屋の隅々まで探せば、きっと見つかるだろう。
そう決めると、僕は部屋の電気を消して食堂へ向かった。今日の夕食を摂るために。