三.
僕は小学校の裏道通りをとぼとぼと歩いている。辺りは薄い靄に覆われ、ほんの数メートル先も見えない。けれど、晴れ渡っていたとしても、今の僕の視界はその程度だったろう。街中、いや、隣街まで探したのに、求める雑誌はどこにも売られていなかった。体力を使い果たし、気力も無くした僕は、靄の中をただ当てもなく歩いている。
ふと、目の端に何かが映った。僕の気を引くものが。裏通りからさらに外れた横道の先に見えたのは本屋さんの看板。靄に霞んだ景色の中に浮かび上がるように、なぜかその店先だけははっきりと見えた。僕は引き寄せられるように横道に逸れた。
すぐそこにあるように見えるのに、歩いても歩いても、その店と僕との距離は縮まらない。それなのに、いつのまにか僕はその本屋さんの前に立っていた。
薄汚れた感じの、いや、薄汚れた店だった。上にかかった看板は汚れていてよく読めない。かろうじて《書》の文字が判別できるだけだ。半開きになった引戸に嵌められたガラスは埃とも煤とも知れないもので薄く覆われていて、磨りガラスよりも透明度が低い。僕は開きかけのガラス戸に手を掛けて隙間を広げようとしたけれど、その古い戸はまったく動かなかった。
仕方がないので身体を横にして戸の隙間を抜け、薄暗い店内に入る。入口のすぐ横にカウンターがあって、店員だろう人が陰気に座っていた。どれだけ伸びているのかもわからない、夜よりも暗いぼさぼさの髪に隠れて顔は判らないが、ほっそりした体つきの感じは多分女の人だと思う。
それよりも今は目的の本だ。店や店員さんの様子に腰が引けたことは否めないが、目的の本、雑誌を求める欲望の方が強かった。僕は店の奥へと足を踏み入れた。
薄暗い照明のお陰で判りにくいけれど、古ぼけた印象の割に綺麗にしているようだった。本棚や陳列されている本に触っても、指が埃に汚れるようなことはない。外観はまったく気にしているような感じはしないのに、商品である本は大切に扱っているようだ。
店の感じから(もしかしたら古本屋さんかな)と思ったが、並べられている本はみんな新品のようだし、雑誌に表示されている号数も最新のものだった。しかし、どこを探しても見つからなかった僕の探している雑誌があるだろうか。こんな、学校の近くにあるのに今までまったく知らなかったような、古ぼけた小さな本屋さんに。
僕の視線が書棚の一点に引き寄せられた。一日中、脚を棒にして探し求めた小説雑誌が、まるで夢のように、そこにあった。躊躇うことなく手に取り、カウンターに持って行く。陰気な小母さん──お姉さん?──が紙袋に入れてくれた雑誌を持って、僕は家路についた。店の外を覆う靄は、ますます濃くなっていた。