一.
僕は自転車を漕いでいる。サドルから腰を浮かせ、ペダルを力一杯踏み込んで、自分にできる限りの速度で走らせている。もうどれくらい走っているのだろう。真夏の太陽は容赦なく僕を照らし付け、生温い風は肺にまで入り込んで僕をいたぶる。全身から汗が噴き出し、肌に服が張り付く。
あそこ、あそこだ。あの角を曲がった所に小さい本屋さんがあったはず。急ブレーキをかけながら角を曲がり、目に入った店舗の前に自転車を止める。スタンドを立てるのももどかしく店内に駆け入り、月刊誌、小説雑誌のコーナーを探す。この店にはあまり来たことがない。たまたまこの辺りに来た時に寄るくらいだ。それで、小説誌のコーナーを探すのにも、店の広さの割には時間が掛かってしまった。
見つけた。ここだ。平積みされた新刊誌を、目を皿のようにして舐めてゆく。ない。ない。ない。どこにもない。棚差しされている雑誌の背表紙も一冊ずつ確認する。やっぱりない。目的の雑誌を探して視線を三往復させ、諦めて店を飛び出す。
頭の中に地図を広げる。ここはもう、隣町だ。この先の地理には疎い。あと知っている本屋さんは、ぼくの住む街を挟んで反対側になる。
(ここまできたら、あきらめきれないよっ)
スタンドを勢い良く蹴り上げ、サドルに跨ってペダルに足を掛ける。ペダルが重い。それでも、目的の物を見つけるまでは、休んでいられない。自転車は再び、舗装された道を勢い良く走り出す。
(いつもはっ 学校からっ 帰ってからっ 買いに行ってもっ あるのにっ なんでっ 今日に限ってっ ないんだよっ 昼からっ ずっとっ 探してるのにっ)
道路脇に並ぶ木々の作る木陰の中を、飛ぶように走る。無数の蝉が短い夏を謳歌しようと鳴き喚く。まるで、見つからない探し物を求め続ける僕を嘲笑っているかのようだ。けれど、そんなものに気を取られる時間も惜しい。一分一秒の遅れで、残っている在庫を見知らぬ誰かに持ち去られてしまうかもしれない。はやく、早く、速くっ
うだるような夏の空気の中、ねっとりと絡み付くような熱い空気を掻き分けるようにして、僕は力一杯自転車を漕ぎ続けた。