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4 どうして君はあのとき、死のうとしていた?

「まあいい。しかしやっぱりいいね、その記憶力。調べる時間が省けるよ」

「でも、この記憶、何の役に」

「あのさ、もうひとつ気になっていることがあるんだ」


 彼は私の言葉をさえぎるように、人差し指をピンと立てた。


「ハナちゃん、君を見たとき、なんて言った? さすがに昨日の記憶だから、俺も割と鮮明に覚えてはいるんだけど、念のために答え合わせをしよう」

 昨日、彼女は私のことを……「天使だって」

「そうだよね、そのあと、みー子ちゃんは時間を稼ぐために、私が天使に見えるか、とかなんとか言ったんだ。そのあと」


 彼は眉をひそめる。


「そのあとのハナちゃんの言葉が、変だったって記憶はあるんだ」

「ああ、確かに変でした。彼女はこう言ったんですよ、一言一句覚えてます。天使だったら、やっぱり本物、本当のこと」

「天使だったら、やっぱり本物、本当のこと……本当のこと、それが変なんだ。やっぱりっていうのも変だ。PPパンダと天使で検索をかけるぞ」


 そう言うや否や、彼はスマートフォンを取り出し、検索をし始めた。


「何で、その二つを?」

「俺は彼女の死因がパンダバンドに起因すると思っている。しかし同時に彼女の死を止めたのもまた、パンダバンドだと思っている――ほらみろ、ヒットだ」


 突き出されたスマートフォンを見て、私は思わず息をのんだ。

 彼の言うように、私が記憶力の人間であるのなら、彼はその対極にいるのだろうと思う。

 発想力の人間は、にたりと笑う。

 検索画面には「さよなら天使とこの星と」という曲の歌詞が表示されていた。もちろん、PPパンダの歌だ。彼は私に身を寄せ、一緒に画面をのぞき込む。


「歌詞にヒントがあると思う」


 私もそう思います、と言う前に、彼は歌詞を読み終えてしまっていた。そのスピードに面食らってしまう。

「随分と婉曲な歌詞だが……ヒントはある。この曲は自殺の歌だぜ」

 彼は指で画面をスクロールさせ、歌詞の最初に画面を戻してくれる。

 これが自殺の歌だということはすぐに理解できた。飛び降りる、衝撃、血だまり、暗転、終わったようだ、さようなら――最初の数行でこの言葉の羅列だ、最後まで読んだら気分が真っ暗になってしまうような曲かもしれない。私からしてみれば真っすぐな歌詞だ……別に婉曲な歌詞ではないだろうと思ったが、黙っておく。

 私はじっくりと歌詞を読んでいく。

「あっ」

 私は思わず声をあげてしまう。


「どうした」

「四連目」

「ヨンレンメ?」

「詩のまとまりのことです、四つ目のまとまり、その一行目!」

「ピンク色のスカートに茶色い瞳とロングが目印……? これがなんの暗喩だ?」

「暗喩じゃないですよ、もう。ハナさんの飛び降りるときの格好そのままじゃないですか」

「そんな恰好していたっけな。俺、よっぽど特徴的な格好じゃないと覚えられないよ」

「……してたんですよ」

「でもそうか。その後に、飛び降りようとすれば、やがて天使もやってくる、とかなんとか書いてあるな」

「ええ。だから突然私のこと、天使だなんて言ったんでしょうね」

「ははあ、読めてきた、最後の二行が最大のヒントだろう」


 私は言われた通り、最後の二行に目をやる。


「えっと……飽き飽きしたわ、こんな星には、さよならするのが、幸せ……? ここですか?」

「それが答えだろ」

「え? ハナさん、この星に飽きちゃったんですか?」

「読解力は俺の方があるな」


 異論を唱えたいがぐっと飲み込む。


「自殺が幸せなんですか」

 むきになって聞くと、彼はわざとらしくウインクをよこす。腹が立つ。

「思い出せって、材料は歌詞だけじゃない」

「えっと、ニュース」

「さらにある。君の記憶力なら忘れないはず。彼女の言葉、張り手の前だ」

「えっと……えっと、放っておいて?」

「ほら、彼女の自殺の理由はそこだ」

「どこですか」

「確認しに行くぞ、最後のピースが必要だ。それがわかれば、答え合わせだ」


 勝手に進んでいく人だ。私は必死に脳内でパズルを解いていく。

 バンドと歌詞とニュース。

 そこにどうすれば、死への道が紡がれていくのだろうか。



 彼は店を出ると、ハナさんに電話をかけた。場所を指定されたようで、それじゃあそこで、と彼は笑顔で電話を切った。

 その場所がどこだかも聞かされないまま、私は彼について行った。


「なあ、ひとつお願いがあるんだ」

「なんですか」

「彼女の死にたかった理由を聞いても、眉一つ動かさないでほしい」

「同情すんなってことですか」

「似たようなものだ」

「わかりました」

 道中、彼との会話は、これっきりだった。



 指定されたのは閑散とした公園で、金属でできた銀色のベンチに、ハナさんは腰かけていた。私たちを見つけると、立ち上がって手を振る。浮かべている笑顔からは、この人が自殺を考えたことがある人だなんて想像もつかないなと思った。

 やあやあと彼は陽気な笑顔を浮かべながら彼女の隣に腰かける。この人は、自殺を考えたことはなさそうだなあと思いながら、私は彼の隣に腰かける。


「もう解けたんですか」


 ハナさんは、表情から感情が読み取りづらい人だ。この人の浮かべている笑顔は、私の秘密を暴いてくれという期待の微笑なのか、それとも、解けるはずがないという挑発の笑みなのか。

「さよなら天使とこの星と、読んだぜ」

 ハナさんの目が、きらりと光る。私は、それが涙のせいだとは気がつかなかった。

 彼女の微笑は、あっというまにどこかに消えてしまっていた。


「……本当にわかったんですか?」

「君は放っておいてほしかったと言った。それが死にたかった理由だろ。あんなニュースないぜ」


 彼女は、そうなんですと飛び上がって喜び、彼に抱きつき、わあわあと子どものように泣いた。彼はそれを黙って受け止め、頑張っただの、よくやっただのと声をかけ、震える彼女の背中をさすっていた。

 置いてけぼりは、私だけだった。



「私、わかりませんでした」


 ハナさんは、目をウサギのように真っ赤にしながら、すごく嬉しい、話がしたいとハジメさんに甘えるように言った。彼はハナさんとちゃっかりデートの約束をしたあと、その公園を去った。私は、だまってハジメさんの後ろをついて行くことしかできなかった。

 どこに向かうでもなく適当に歩いているのはすぐにわかった。答え合わせの時間を用意してくれたのだろう。正直に降参の意を述べると、彼はなぜだか少し不機嫌そうな声色で返事をした。


「何が降参なの」

「彼女の死にたかった理由です。私はあなたが、どうやって彼女の死にたかった理由を当てたのか、さっぱりわからなかった」

「……それは、君はまだ、彼女の死にたい理由が何だったかを理解できていないということ?」

「馬鹿だって言いたいなら、直球でけなしてください」

「いや、そうじゃない」


 彼はふ、と微笑む。


「そうか、なるほど。俺はお願いしたよな」

「彼女の死にたい理由を聞いても、眉一つ動かすな」

「そうさ。でもその理由は、かしこい君でさえ、あの会話からは読み取れないほど難解だったってことかな」

「教えてくれないんですか」

「答えは言っているんだけどね」


 彼は道端で立ち止まると、微笑を携えて私をまっすぐに見つめた。

 なぜそんな悲しそうな笑みを。

 そう問う前に、彼はぽつりと言った。


「ハナちゃんはね、自分の大好きなバンドが、何も知らないやつらに叩かれて、けなされて、馬鹿にされて、この世界に絶望したから、バンドの歌詞に従ったんだ。幸せの形が提示されていたからね」

「……え?」

「わかりづらいかい? もっと単純に言おう。歌詞に、この世界に飽き飽きしたときは死ねば幸せって書いてあったから、死のうとしたのさ」


 私をまず襲ったのは、吐き気だった。

 ぐらりと思わず揺れてしまうほどの吐き気。

 それから、混乱。


「は……?」


 絞り出した声は情けない。


「ほら、俺が、理由を聞いても何も言うなってお願いした理由がわかったろ。君は思うはずだ」

「……だって、そんな」


 私は叫びたくなる。


「そんな理由で?」


 ハジメさんは私の代わりにそう言って、世界で一番意地の悪い笑顔を、私に向ける。

「君にそう言える資格はあるのか?」


 私が息を吸う音が聞こえる。

 返事などできない。

「なあ、じゃあ教えてくれよ」


 挑発するように、彼は言う。



「どうして君はあのとき、死のうとしていた?」




 混乱する脳内で、全てがつながった。

 この人……いや。

「この野郎……!」


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