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真っ白な雪原に取り残された男

 仲の良い大型犬と中型犬は、飽きもせずに使っていない子牛用の柵の中で雪に塗れてじゃれ合って転げまわっている。


 犬を快く預かってくれた牧場主はセントバーナードを飼っており、その犬は俺達が預けた馬鹿犬をすんなり受け入れて遊び相手として大騒ぎで喜んでいるのだ。

 俺の犬はシェパードの血が混じった大型の雑種犬で、彼は頭がいいのか俺の姿を見ると俺の側にすっ飛んできたが、俺の顔を二度ほど舐めただけであっさりと友人の元に戻っていった。


 あの馬鹿犬め。


「良かったですよ。うちのミミちゃんは体が大きいから他所の子達に怖がられちゃって、今まで犬同士で一緒に遊べなくて可哀相でしたからね。私も年だから散歩も遊んだりもあまりして上げれないしねぇ。」


 七十を越して牧畜が大変だと牛の数を減らしている最中の牧場主は、空いた柵が勿体無いからとダチョウを放し、子牛用厩舎でセントバーナードを飼っていた。


「どうして、よりにもよって子牛サイズの犬を飼われようと?」


 俺の公安時代の教育係で、現在は「特定犯罪対策課」で副課長のたか悠介ゆうすけ警部補が、中型の甲斐犬風の愛犬の元気な様子に目を細めながら牧場主に尋ねた。

 彼のコートの胸元からは小型犬が顔を出して不機嫌そうにしている。

 彼の愛犬と言っても、本当は彼の懐にいる片目の潰れたブリュッセルグリフォンが彼の元々の愛犬であり、目の前の甲斐犬の雑種は身重の妻の連れ子である。


 そして彼は大怪我をした俺の付き添いで神奈川から青森の奥地に来たわけでなく、今回の玄人の従兄の結婚式に参加したがった身重の妻に付き添っているだけである。

 さすが元公安の彼は、今回のプライベートジェットにも便乗し、武本家が用意した高級ホテルで贅沢を楽しんでいる。


 だが、彼の気がかりは目の前ではしゃぐ愛犬が百目鬼に教えられて盲目であると知った事と、彼らは明日帰京するために犬を俺達に預けたままになるということだ。


「厩舎の子牛の房にぴったりな子でしょう。やっぱりねぇ、子牛でぎゅうぎゅうだった房が空っぽに近いと寂しいじゃないですか。」


 牧場主、武本たけもとゆずるは、ハハハと豪快に笑った。

 玄人の祖父の従兄だということだ。

 牛が飼いたいから牧場主になったという、武本家そのままの人である。


「ところがですね、ミミちゃんは子牛よりもご飯を食べるのですよ。僕はミミちゃんの為に牧場をやめられなくなってね、それでね、ダチョウ。肉はおいしいし飼うのは牛よりも楽だからいいのだけど、流通が無いから売れないの。ハハハ、大失敗だったよ。」


 ハハハと笑い飛ばす牧場主に俺達もハハハと笑い返した。

 武本だ、仕方がない。

 犬達は隣の柵にいるダチョウが変な踊りを始めた事に驚いて、慌てふためいて厩舎に逃げ込んでいった。


「犬もお家に帰ったし、僕達も中に入って温まりましょう。自家製チーズで作ったフォンデュはいかがですか?クロちゃん達もすぐに戻るそうですよ。」


「いいですね、僕もなずなも丁度家に入りたい気持ちでしたから。」


 いそいそと髙は牧場主に付いて行き、俺は「髙め。」と心の中で舌打ちをしながらヨロヨロと痛む体を引き摺るようにして雪の中を一歩一歩踏みしめていた。


 可哀相好きだという髙は好きな相手をもっと好きになろうと可哀相な目に遭わせると、百目鬼が言っていたその通りだと大きく息を吐き出した。


 怪我をした体は馴れない雪を歩くには不適切で、俺は数メートルも歩かない内に汗ばんで疲れきってしまったのである。

 牧場の柵に寄りかかる俺は、息が白い煙となって口から吐き出される様を物悲しく見つめていた。


「俺ってかわいそう。」


「何をやっているの。凍死するだろ。」


 ぐいっと体が支えられ身軽になったのは、玄人の従兄のアミーゴズのお陰であった。

 玄人がギャングと言い張りアミーゴと呼ばれる彼らは、パイロット派遣会社の若き社長の佐藤さとう由貴よしたかと白波酒造の若社長である白波しらなみ久美ひさよしである。


 彼らは白波家の男性陣特有の長身に、一重だが大きなアーモンド型の目をした狐顔ではない公家顔の整った顔立ちという、双子どころかクローンのように外見がそっくりである。

 そんな双子のように似ている彼らだが、白髪に近い金髪に右耳がピアスだらけが佐藤由貴で、黒髪で新潟弁が白波久美と見分けることは簡単だ。


 そのための外見と振る舞いか?


 そして彼らは仲がとても良く、双子のように行動し、いつもは対照的な服装の彼らが今日は双子のようにお揃いのロシア兵のような防寒コートを羽織っていた。


 実は今回、白波久美がジェット機を操縦したいからと、佐藤由貴の社員に一時的になっているのだ。

 よって、そのコートは由貴の会社の支給品であるだけだが、間近で見たら思いっきりミリタリーに拘った仕様であり、俺はそのコートが二人の「趣味」で「お遊び」でしかないと理解し、そのコートを見たら自分の上司が欲しがるなと想像した。


 上司とは髙の相棒で、そして百目鬼の親友であるかわやなぎ勝利まさとしの事である。


 前髪を上げた癖のある短めの髪が色白で彫りの深い顔を飾り、しかし、彫りが深くとも濃いどころか童顔に見える美男子の彼は、自分が三十一歳の中年だと印象的な二重の目元に笑い皺を寄せて笑うが、外見どおりの「子供っぽさ」が見受けられる行動を取ることが多い。

 そしてそんな彼は、当り前だがアミーゴ達と本当に仲が良い。

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