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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
三 王様な家具と良純和尚
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蔵人さんの予言は御免こうむりたい

 武本家の家具専用倉庫は、美術品専用倉庫でしかなかった。

 温度管理に湿度管理、太陽光は完全に遮断して日焼けを防ぎ、そこにある美術品を守っているのだ。


「家具は美術品でもあったのですね。」


 俺には家具の何調なのか何主義などはわからないが、ここにはそれを超過した孝彦流の家具が勢ぞろいをしていた。

 高級家具にそれほど食指が動かない俺でさえ、ここにきて欲しいと切望する気持ちが湧いたのである。

 その上イメージまでもした。

 椅子にしろテーブルにしろ箪笥にしろ、この家具を置くには内装をどうしようかと。


「孝彦伯父さん!これは素敵ですね。」


 玄人の声に振り返ると、レトロな家具を好むはずの彼が都会的デザインのソファセットの前で大喜びをしていた。


「まだ全部完成していないけどね。和久君が買ってくれるって。作り概があるよ。」


 革が張られた三人掛けソファと一人掛けソファが二客というセットだが、木部は磨かれて継ぎ目はないのに美しく湾曲している。

 シンプルな現代風でありながら贅沢な品であることは一目でわかった。


「これでセット完成では?」


「テーブルに、あとは和君がサイドボードもこれに合うのが欲しいって言っているからそれをこれから作らないとだね。全部一時に渡せないねぇ。」


「触っても?」

「どうぞ。」


 革がとても柔らかく、なんと、革独特の嫌な臭いもない。


「素晴らしい。こんな滑らかで柔らかな革のソファは初めてですよ。」


「ありがとうございます。それでは、王様の椅子へどうぞ。」


 そして案内された王様の椅子に、俺は腹を抱えて笑ってしまった。


「確かに王様の椅子ですね。素晴らしい。見た目も凄いが、座ったら何もしたくなくなるだろう事が一目でわかりましたよ。」


 転がったら起き上がりたくなくなった山口の王子様のカウチ同様、オリエンタルでもある連続模様のあるシルバーブルーの紬の光沢のある生地は、贅沢に綿入れをされてふかふかに盛り上がっている。

 背もたれは大きく嫌味なほどで、背面部に肘掛け部分や足元にはこれでもかと装飾が施されており、その椅子にはお揃いのオッドマン付だ。


「かけても?」

「勿論です。」


 そっと生地に触り、シルクの滑らかな肌触りにうっとりとした。

 ゆっくりと椅子に身を沈めて、そう、身が沈んだのだ。

 柔らか過ぎなく、全身の疲れを引き受けてくれたかのように、スッとだ。


「これはなんて素晴らしい。クロがあなたを絶賛する理由がわかりましたよ。」


 孝彦は俺の賛辞にただ微笑み喜んで、俺の理解不能な言葉を発した。


「それでは、明日には武本家本家に運び入れますね。」

「え?」


 素晴らしいが俺は無駄使いをするつもりは無い。

 大体我が家は昭和な畳の家だ。


「え?」


 呆けていると玄人がニコニコと微笑んだ。


「誕生日プレゼントです。東京の我が家は置く場所がないから武本に置きます。毎年夏とクリスマスには帰る事になりましたからいいでしょう。武本は良純さんの家です。」


「待ってくれ、俺の物件で置けそうな奴があるからそこに置きたい。」


 玄人はしょぼんとして、孝彦までがなぜか暗い怖い顔になっている。


「武本が家族は嫌ですか?」


 ぽつっと顔を伏せたままの玄人が呟いた。


「だって、武本だし。」


 とは冗談でも言えない雰囲気である。

 そこで、純粋にこの椅子について思った感想を述べた。


「馬鹿。こんな良い椅子は毎日のように座りたいだろうが。なぁ、孝彦さん。」


「あ、ありがとうございます。」


 濃い怖い顔の男は顔をほころばせ、天使のような純粋な笑顔を浮かべた。

 一年に数回しか座れない王様の椅子など無意味だ。


「武本の家の部屋、好きな部屋を良純さんにって。」


 再びぽつっと顔を伏せたままの玄人が呟いた。


「俺の部屋?」


 いまだにしょぼんとしている玄人が、顔を下に伏せたままだがコクコクと頭を上下させた。


「部屋だけは一杯ある家ですからね。お気に入りの部屋を良純さんのものにして、法事関係なくいつでも帰ってきてくださいと。それが武本の総意です。」


 武本の本家は、呪い避けに無駄に増改築を続けていた外国の呪いの館の日本版である。

 夏に玄人を帰郷させた際に、一人家屋内を探検して回った事を思い出していた。

 ニコニコと俺に武本家の総意を説明をする孝彦を眺めながら、俺は気に入っている部屋があったので言ってみた。


「南西の中二階にある、壁も床も板張りで、腰高障子をあけると物見台のようなベランダがあって、襖には見事な鷹の絵のある部屋は駄目か?」


 玄人はようやく顔を上げたが、華々しい顔をこれ以上ないほどの喜びに染めていた。

 隣に立つ孝彦は反対に驚いた顔つきである。

 それも、かなりの、怖いくらいの。


「あの部屋は蔵人さんが客人であり家族のための部屋だって、クロちゃんの生まれた時に作ったのですよ。僕らはその部屋をクロちゃんが自分の部屋にしないから不思議に思っていたら、そうでしたか、あなたの為でしたか。」


 孝彦が感動に塗れて語る中、玄人は孝彦にうんうんと嬉しそうに相槌を打っている。

 だがしかし、俺はそんな二十年以上前に自分様に用意された部屋は怖いから嫌だとお断りしたい気持ちになっていた。

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