カウチに横になる王子様
玄人がようやく会場に戻って来たと迎えにいくと、顔色は青白く思いつめた顔をしていた。
頭を首が折れたかと思う程がくりと下げており、顎の長さに顔周りの髪を切りそろえたショートヘアの髪の毛が、彼の顔を隠すようにして簾の様に下がっている。
そのせいで彼の立ち姿はどよーん、だ。
「どうした?あの孝彦がどうかなったのか?」
孝彦は橋場家特有の小柄だががっしりとした体つきに、濃い厳つい顔が乗っているのだ。
不細工ではないが「とても怖い」顔のその男は、信じられないほど気弱で優しい男だ。
そして拘り過ぎる武本家同様に彼は拘り過ぎる傾向があり、利益度外視で次から次へと見事な高級家具を作り続けている。
武本物産が仕入れを吟味して東京の倉庫を頑張ってやりくりしているのは、青森の倉庫が孝彦によって次から次へと家具で埋まっているからであった。
俺に誕生日パーティであるということを内緒にするために、長女の入り婿である財務担当の武本洋に総会資料作りを押し付けられた時に知ったのだ。
だが、倉庫のことなどどうでもいい。
タダ同然の武本の土地だ。
それよりも、資料作りを押し付けられるよりも誕生日パーティだとバラされた方が嬉しいと、武本家面々にどういったら伝わるだろうか。
この武本共め。
まぁ、そんなことよりも俺の子供だ。
武本家ではなく完全に白波家の女顔をした玄人は、顎がちょっと尖った卵形の輪郭に、小作りの綺麗な形の鼻と下唇が少しぷっくりとした形の良い唇がついている。
そしてその顔を黒目勝ちの大きな両目が飾っているのだが、その瞳は白波にはない武本家の華々しく凄い睫毛に縁取られているという見事さだ。
訂正だ。
目の形は白波ではない。
大きくつぶらな瞳はあの腹黒い白波のものでは決してない。
玄人は俺の賞賛を知ってか知らずか、蝶々のように睫毛をぱたぱたとさせた。
東北人は本当に無駄に眉毛と睫毛が濃い、男も女もふっさふさだよ。
「何か困った事があったのか?」
「孝彦叔父さんと奈央子叔母さんは内緒ですが子供が生まれますが、虫博士なのです。僕は虫が苦手ですから絶対に駄目です。」
誰か翻訳してくれよ。
俺は面倒になったので、落ち込む玄人を彼の恋人に投げる事にした。
馬鹿な子の恋人はやはり大馬鹿で、仕事で大怪我したからと今回の俺達の旅に連れまわす事になったが、馬鹿は動けない大怪我でも俺達と一緒で嬉しいと喜んでいるのだ。
俺は最近奴が寿命を全うできるのか、とても不安で仕方がない。
奴は同性愛者と公言し、同性の友人の居ない玄人の親友となって彼を籠絡したろくでなしだが、異性愛者の俺にも可愛いと思える大馬鹿野郎でもあるのである。
「クロト、ようやく戻ってくれたんだ!」
猫のように透明感のある瞳を煌めかせて、王子様風貌の美青年は華やいだ。
彼は玄人の祖母に贈られたシルクシャツの上に俺が着せ付けた着物姿、大昔の書生のような格好をして、玄人が言うにはロココ調の孝彦が作ったカウチに横たわっている。
水色とシルバーに輝くカウチの生地に埋もれた彼は、オリエンタルな王子様だ。
だが彼、山口淳平の正体は二十八歳の巡査長であり、尋問中に被疑者にパイプ椅子で背中を殴られた上、左手を噛み付かれて人差し指と中指まで抉り取られかけるという大怪我をした阿呆だ。
こんな大怪我をしても、俺達と一緒に居られるなら怪我がありがたいくらいだ、ぐらい言うコイツの頭を案じるよりも、そんな風に考える身の上に涙が出るほどの可哀相さだ。
可哀想な彼を見返して、彼の首もとに輝く俺の作ったラリエットを見て、俺は再び溜息を吐いていた。
玄人から贈られた安物の銀の指輪が怪我をした時に壊れたと、怪我の事よりも落ち込んでいる姿が哀れで俺が在り合わせの材料でラリエットに仕立ててやったのだが、彼はクリスマスプレゼントを一生分貰ったような顔で喜び、絶対に首から外さないのだ。
玄人は玄人で、山口から贈られた羽根モチーフのイアーカーフを右耳から絶対に外さない。
その上、俺の作ったただ同然のとんぼ玉のピンを俺の手作りだと毎日頭に飾って喜んでいるのだ。
俺は奴らを見る度に、最近は彼等に哀れさを感じてしまうよりも、彼等の間抜けさに脱力しっぱなしである。
そんな俺の内心を知らない玄人はてくてくと恋人の所に向かうと、彼の椅子に腰掛け、孝彦作のカウチの感触を楽しみだした。
恋人はそっちのけである。
玄人は武本の当主であり、高級家具をこよなく愛するのだから仕方がない。
恋人の山口は恋人の性癖に呆れるどころか温かい目で微笑んで、俺の親友が良くやるような目玉をぐるっとまわすおどけを俺に向かってした。
「あら、可愛い。淳ちゃんたらどうかしたの?」
玄人よりも早く会場に戻って来てすぐさま山口の世話を甲斐甲斐しく始めた咲子は、山口を孫同然に可愛がっている。
それ以上か?元々酷い鬼婆でもあるが愛情は深いのだ。
そして今回武本家に山口を連れ込んでみて、彼が俺以上に女誑しだった事が判明した。
しかし、山口が何かするのではない。
彼は何もしない。
カウチに転がってヘラヘラしているだけで次から次へと物が献上され、出し物が始まれば女性陣によって指示された男連中がカウチを一番良い所へと運び、山口は女性に囲まれ手を引かれながらカウチまでよたよたと歩くだけだ。
あるいは誕生日を祝られているはずの俺が、彼を持ち上げてカウチまで運んでやることになる。
そして、王子様の一等席となったカウチに俺によって横たえられるだけの山口であるはずなのに、女性陣によく頑張ったと褒め称えられるのは、なぜか山口の方だ。
「何か困った事でもあったのかしら?」
「いいえ。クロトが僕よりもこの椅子に夢中なのが面白いだけですよ。」
山口が咲子に答えて玄人の頭を撫でると、玄人は顔を上げて恍惚と微笑んだ。
「素晴らしい出来です。これのお揃いの王様の椅子は良純さんに似合いそうですよね。」
「明日の結婚式の後、孝彦の倉庫を見学したい。」
俺は考えるまでもなく口にしていた。