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一夜明けたが

 特対課に異動して来たばかりの新人は、着任して一週間目にして労災認定を受ける事になった。

 つまり五月女は全治に二週間を要する大怪我であり、一週間は左腕を使えないということだ。

 楊は実家が北海道だという部下の身柄を引き取って、預かった少女の面倒を彼に押し付ける事にした。


 昨日は婚約者と住む結婚間近の弟の家に押し付けたが、彼らは今日から婚約者の実家に行く予定である。

 警察署から一先ず解放された楊は、弟達の出発前に少女を引き取り、その足で病院の部下を引き取ったのである。


「かわさん、結婚前から良いパパですね。」

「ふざけんな、葉山。お前帰っていたなら手伝えよ。」


 玄関で楊を出迎えて、肩を竦めた葉山の後ろから料理の臭いが漂ってきていた。


「あ、朝飯ができている。葉山、前言撤回。君は本気で出来る奴だよ。」

「かわさんは食べていないでしょう。あとは俺が引き受けますからね、どうぞ。」

「いつでも昇格させるから。」


「特対課の課長職は要りませんから辞退します。俺は特対課でしたらかわさんの下じゃないと嫌です。」

「えー。」


 楊がガッカリすると、幼子の手を引いてフワフワとした足取りでリビングダイニングに向かっていった。

 そんな情けない上司の背中を見送ると、葉山は楊が置いた同僚の荷物を持ち上げて、彼ににっこりと微笑んだ。


「俺としばらく一緒になるけどいいかな。そこの和室。布団は敷いてあるから。」


 荷物を持って玄関左斜め向いに存在する和室へと歩いて行く葉山の後ろを、五月女はよろよろとついていく。


「すいません。面倒をかけます。」


「いいよ。この間の山さんも似たような怪我でね。かなり熱と痛みがあるようで苦しんでいたからね。大丈夫?横になる前に何か食べたいなら台所に行くかい?」


 五月女はかすかに笑い、首を振った。


「あなたの言うとおりに鈍痛で辛いので横になります。切り傷と違って噛み付かれて裂けた傷って痛むものですね。ですけど、課長に言い含められたように医者に訴えたほど痛くて動けないわけでもないので、仕事にも内勤ならば出来ますし、自宅療養でも一人で大丈夫ですけど。自分は北海道に帰りたくなかっただけで。網走ですよ。遠過ぎます。」


「えぇ、君は行きたくないの?ヘリコプターに乗ってクロトがいる新潟。」


 五月女の双眸が葉山が想定していた以上に輝いた。


「自分も連れて行ってくれるのですか?」


「そのための引き取り。俺達は二日まで仕事を休めないでしょ。あの子を一人に出来ないからさ、怪我人に申し訳ないけど、その代わりに見守りを頼むね。」


「喜んで。」


 葉山は純朴な人を騙したような気になりながら五月女を布団に寝かせると、自分もダイニングへと向かった。


 楊と葉山は昨日の事件で死人だった死体を搬送させると、まず五月女を病院に放り込み、佐藤と水野は先に休養を取らせる為に帰した。

 その後、楊と葉山は二人で襲撃者と行方不明者の自宅を回り、そこが高部家や東原一族と同じ惨劇の様相を示している事を確認していたのである。


 そして、寝ずに署に篭った二人は朝を迎えた時に惨劇の続報が無かった事に胸を撫で下ろし、通常業務が始まった頃には水野達と交替までの間に仮眠しようかと提案しあう程には気持ちが解れていた。


 朝一で署内メール便を受け取るまでは、である。


 楊がその署内メール専用封筒を開けると、征矢巡査が作成した被害届と一通の分厚い茶封筒が足元に落ちたのだ。

 茶封筒にはマジックで「餌」と書かれていた。

 落ちて封の破れた茶封筒からは、見覚えのある人物が映った写真が何枚か飛び出している。


「ちょっと、なにこれ。」


「餌って。この写真は東原の子供で、こっちは高部夫妻。塾長に濱口も。中には他に何が入っているのですか?」


 慌てて封筒を拾い上げた楊が、自分の机にその中身を広げると、それは東原一族と高部一家、さらに多数の人間の身上書の書類が写真と共に入っており、なぜか、百目鬼と玄人と山口の三人の写真も出てきたのだ。

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