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虫博士は御免こうむる

「え?何を言っているの?クロちゃん。」


 僕の言葉に孝彦はぽかんとし、奈央子はむっくりと孝彦の膝から顔を上げて僕を希望に溢れた顔で見返して来た。


 僕は腹を決めた。

 彼らは僕の両親の様な人達なのだ。


 僕は生まれてくる子の兄として、その子が愛する虫も受け入れてあげるべきなのだ。

 とてつもなく嫌だけど。


「えと、孝彦叔父さんは今日から高座椅子のような形と大きさで、黒地に蒔絵を施した御殿風の椅子をお宮参りの時までに製作してください。白波神社の神様が欲しいそうです。それから本殿が古いから立て替えて欲しいって、善之助おじいちゃんに頼んでください。」


「え?」


 当り前だが、二人してぽかんとした顔つきだ。

 僕は母の実家の神様が情けなくて、両手で顔を覆ってしまった。

 人の不幸を逆手に取るとは何事だ。

 神様の癖に要求も具体的過ぎるし。


「私は生んでも大丈夫ってこと?」

「え?どういうこと?クロちゃん?俺の親父に?え?」


「ごめんなさい。孝彦叔父さん。奈央子叔母さん。子供は神様からの授かり物っていうでしょう。これって押し貸しのぼったくりですよね。」


 孝彦の祖母は白波の人間で、奈央子の母咲子は白波の血を引く女だ。

 フランス人の女性と結婚する和久の子供より白波の血は濃くなる。


「白波の血を引く白波家でない子供を神主に。」


 これは明治時代からの白波家の悲願である。

 明治時代に政府によって神社を取り上げられた仕返しをやり過ぎて死人が出てしまったが為に、怯えた政府から神社を返されても白波は人目があるからと自ら神主になれないのだ。

 応仁の乱の時代を根深く恨んでいる一族なのだから、明治の出来事などつい最近なのだろう。


 当主が「五十歳まで生きられますように」の願いが、寿命百年の時代に当主が「五十歳で死んでしまう短命」という呪いになった武本と同じくらい間抜けな一族なのである。

 故に、孝彦達の子供を白波家の神主として奉納すれば、武本家の呪いは全て解除されるに違いない。


「神主なんてするわけないでしょ。暖かい国に探検に行きたい。橋場を継ぐ方がいい。橋場だったら色んな国に行って虫も研究できるもの。」


 僕の足元には先程の幼児が立っていた。

 僕はこの子が丸太を持っていない事にほっと胸をなでおろした。


「しないの?神様が君に命を与えたのでしょう。」


 子供は肩を竦めてから、ちょっと小馬鹿にする目つきでちらっと僕を見た。


「違うよ。待っていたの。もう一回生まれるなら同じお父さんとお母さんが良いって。」


「君は純人すみひとくんだったんだね。」


 奈央子の生んだ子は性別を持たない子であった。

 性別どころか肛門も無く、心臓は不完全であったのだ。

 宣言すれば子供が死なないと意味もわからず連れて来られた僕は、僕の宣言が遅かったからだと「ごめんなさい。」と泣き叫んだが、孝彦は死ぬのを判っていて生んだのだと言った。


「君のせいじゃない。生まれたら死んでしまう事を知っていて、それでも十ヶ月は親子でいたいと、十か月はこの子が生きていられるからと、僕達は医者の言うとおりに中絶をしなかったからね、君のせいじゃないよ。」


 そうして僕を連れてきた祖母に、彼は初めて怒りを見せたのだ。

 僕を傷つけたからと。

 僕は孝彦の温かい手を思い出し、僕はこの手に守られていたと実感し、そして、彼の子供を今度は僕が守ろうという気持ちが芽生えていくことを感じていた。


「僕も君と一緒だから、大きくなって困ったら相談に乗るよ。僕が君を守るよ。」


 純人は今度は子供らしい無邪気な表情で笑い返してきた。


「今度はちゃんと選んだからそっちは大丈夫。それよりも見て!このナナフシ。なんて素晴らしい形だと思わない?虫ほど完成された生き物っていないよね。」


 腕や頭に細竹のような巨大な虫を何匹も這わせた純人は恍惚と僕に笑いかけてきたが、僕は幼子の魂に報いるどころか反射的に頭を抱えてギャーと叫び声をあげていた。


「だめぇ。やっぱり生まないでぇ。この子橋場の跡を継いで虫博士になるつもりだよ!無理!守れない!虫は我慢できない!お兄ちゃんな気持ちになれない!」

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