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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十六 船の奥底で死人を狩る
42/65

ルールが違う死人

 四番甲板の機械室にも調理室にも死人は隠れても居なかったが、彼らは貨物室には多く潜んでいた。

 否、押し込められていたと言ってよい。

 小型コンテナの中に、遺体にしか見えない五人の死人が納まっていたのだ。


「穢れが凄い。何時もの倍です。」


 死人の咽頭隆起の辺りをサクサクと軽く刺していた麻友は、五人目を指した所でナイフを折って呟いた。

 折った瞬間に木製のナイフが灰のように粉々になるのは、それが神具であるからか、この常識人の仮面を被った麻友の力であるからか。


「海上で捕獲した三人も顔が真っ白でしたけれど、これは何です?玄人の言ういつもと違う死人なのは判りますが。」


「見てください。死者に戻った遺体は自分の顔を取り戻していますよ。」


 確かにコンテナの死人はただの普通の死人に戻っており、自分の顔を取り戻した男女五人の死体は全員驚いた顔をしていた。


「彼らを死人にしたのが何時もと違うルールって事です。あなたのご存知の死人は生まれてくる子供の数が少ない時に、黄泉平坂の悪鬼の目を誤魔化す為のかりそめの命をこちら側の神様に与えられて製作されたものです。ですが、こちらは黄泉平坂の悪鬼がこの世に留まるために生み出している物です。」


「人を殺すとこちらに留まれる時間が得られるのか?」


「時間ではなく、存在ですよ。あの世の悪鬼にはこの世での姿はありません。ですから存在するために生きている人間の姿形を奪うのです。奪われた人間は死んでも個人を失っているのであの世にいけないって事なのです。」


 俺は理解できない内容にウンザリとするだけで、数でも数えて気分を変えようと無意識が働いたのか、俺は天井に顔を仰向けていた。


「天井に二匹いるぞ!」


 天井と言っても船内だ。

 天井はパイプが縦横無尽に張り巡らされており、死人はその上に猿のように隠れていたのだ。

 彼らは思わずの俺の叫びを聞いてワサワサと走り出し、だが、突如の青い光がそこに奔り、それに打たれた一人が飛び上がって落ちてきた。


「やった!命中!」


 大声をあげたのは由貴で、彼は楊がライブでやる様に腕を振り上げて喜びを現しており、その脇で久美までも楽しそうに大きく腕を振り上げた。

 しかし、その久美の動きが天井に残るもう一人の死人に危険を察知させたのか、死人は四つん這いになると虫の動きの様に天井を這って蓋の開いているダクトの中へと逃げ込んでいった。


「あ、待て!このやろう!」


 由貴と久美はダクトのある壁面へと駆け出していった。


「普段の死人と違って咄嗟の判断力がありますね。」

「生きていますからね。」


 俺が驚く間も無く、麻友は落ちた死人へと既に歩き出していた。

 それは落ちた時の衝撃でか頭が割れていたが、まるで人体模型の様に内側の組織を見せつけるだけである。


「生きているって。血も出ていないではないですか。」


 彼はやるせない表情で、新しいナイフを死人の喉にぷすりと突き刺した。

 すると、どろりと赤黒い血が割れた頭部から流れた。

 だが、ドロリと流れただけで血が吹き出す様子はない。


「血はようやく出てきましたが、それだけですね。」


「死体は血を流さないでしょう。彼はとうに死んでいたんです。けれどね、人格そのものを剥ぎ取られて殺されると、魂を失った肉体という生きているだけのモノとなるのです。寿命なども無い、死を迎えていないモノです。ですから玄人の僕は殺せない、です。彼は死んだ人間を死者の国に伝えることでかりそめの生を暴いて死人を死体に戻していますからね。」


「ようやく判ったよ。こいつらは寿命も何も無いから、死神のお迎えが来ないってことか。それでマッキーか。反対の力を持つ彼は生者の国の異物を生者の神様に報告することでこいつらを除外できると。」


 常識人の仮面を被って非常識な世界に生きている刑事は、俺の言葉を聞くと嬉しそうに顔を綻ばせた。


「理解が早い!あなたもこっち側の人間だ。」


 それだけは嫌だ。

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