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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十五 沈むのならばいっしょに沈みたい
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恋人不在となった男

 俺は恋人に捨てられて忘れ去られる事に、異を唱える気力が薄れるどころか、度重なるその状況にかなり慣れてきていた。

 手伝いが邪魔だと追い払われても縋るどころか、玄人が薦めたその通りに結局百目鬼の運転するスノーモビルに同乗し、彼の背中にしがみ付いて楽しんでしまった俺だ。


 抗議など出来る立場ではない。


 先程などは玄人の手を掴んだ時に、気味の悪い白い死人の映像が見えたのだから尚更だ。


「淳平君には申し訳ないけど、梨々子の相手を頼めるかな。僕は海里を連れて親族控え室に行かなければ。そうしないと。」


「そうしないと?」


 俺は彼の手をギュッとつかんだ。

 栗色の髪の毛から顔を出した美しい銀色のカナヘビ。

 それは美しい金緑色の瞳を輝かせて俺ではなく玄人に訴えかけた。


 これは玄人が目にした過去の映像だ。

 俺は彼に触れることで彼の見たものや知った事を読み取れる。

 俺はこの力を嬉しくも感じながら、この力が無ければ玄人は俺を愛さなかったのではないかと悲しみも最近感じる。


 俺は素のままの俺を彼が愛してはいないのかと不安なのである。

 愛されるまではこの能力を玄人に見せ付けておいて、だ。


 愛されれば素のままの自分とは、俺は何て情けないくだらない奴だとカナヘビの映像に集中した。

 映像の中のカナヘビは盗み見る俺に気づいたかのように動いてチロリと舌を出し、そして、悲しそうな目を俺に向けた。


 イケニエニシテゴメンネ


「クロト?生贄って。」


 彼は小首を傾げて僕の顔をじっと見つめた。


「どうしたの?クロト。」


 俺から目線を逸らした彼は、片手で口元を押さえた格好で、なにやらじっと考え込み始めた。

 俺が怪我してから百目鬼宅に引き取られ、家主の百目鬼に受けた注意は「クロを考えさせるな。」である。


「馬鹿が考えるとろくな結果にならないからな。」


 百目鬼の玄人への愛はかなり深く感じるが、愛と人物評価は比例しないのが百目鬼らしいと考えながら、俺は目の前の最愛で美しいだけの生き物に再び声をかけた。


「どうしたの?」


「いえ、僕にはカナヘビの言葉は理解できないのですよ。彼等が送ってくる映像の断片からなんとか読み取るだけで。そうか、あの時のカナヘビはそんな事を僕に言っていたのか。」


「クロト?生贄がそんな事?」


 彼はとろける様な、実は彼なりの俺にごまかす時の笑顔で俺を見上げ、大丈夫ですと言い切った。

 この言葉に俺は大丈夫な時は無かった気がしながら、彼をその親族控え室へと見送るしかなかった。


「スゴーい。人魚がトンネルの水槽を泳いでる。きれーい。」


 真っ赤なカナリアのようなカクテルドレス姿の楊の婚約者の喜ぶ様を見ながら、俺も実は死人の関わる事件よりも大会場に居残りたい気持ちの方が強かったのだと自分に認めた。

 そんな恋人に薄情な俺は、本日は咲子によって完全な王子様の格好をさせられている。


 シルクの金色のシャツはラッパ状の袖口が三段フリルになって手が隠れる有様で、胸元も勿論びらびらだ。

 そこに金糸銀糸とビーズで刺繍を施されたベストを着せられたのだ。

 パンツが普通の黒い皮製でありラインも美しく、日常でも履けそうな、否、履きたいと思う様な高級の品物であった時の俺の喜びを会場全体に知らしめたいほどだ。


 百目鬼が革のパンツに必要以上な視線を送る中、俺は咲子を抱きしめて、愛しているよ!、と叫んだのはそんな気持ちが出ただけだ。


 もっと何かを強請ろうとした訳ではない。


 しかしながら、その姿では外では寒かろうと、俺は彼女から毛皮のジャケットまで与えられた。


 毛皮がとても温かく幸せになれる代物だと初めて知ったが、銀色に輝く灰色のウサギの毛でできたジャケットをその姿に羽織ると、王子様というよりも女を売り飛ばすギャングにしか見えないと咲子は気づいているのであろうか。


 ベストにかけられたサングラスを見て思い直した。


 咲子は計画的だ。

 俺を悪い男にしようと企んでいる。

 そこで、俺はハアっと溜息を吐いた。

 魅力的な悪い男となっても、それを称賛してくれる人がいなければ虚しいだけだ、と。

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