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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十三 局地的戦闘の勃発
36/65

重苦しい部屋なのは

「かわさん、そろそろ立って下さい。見回りに行きましょう。」


「うん、解っているけど、ちょっと待って。ここが気になっちゃって。――ねぇ葉山、変な所はないかな。」


「変わっているどころか、名簿だけがメモリーに残っていることに驚きです。殆んど学生はいなかったようですね。全部で三十人もいないです。これは消し忘れなのか、本当の名簿なのか。」


「此方も勧誘のパンフレットの類ばかりで。教室を開講したのも最近、それも、ふた月かそこらですね。あ、でも、ひと月前に閉めたのに電気も止めてないし。おかしいですね。」


「ああ、そうか。そうだよね。とにかくその名簿だけは確保しておいて。」


 葉山は画面の写真をスマートフォンで何枚か撮ると、それを全員に送ってきた。

 スマートフォンを開くと、名簿を十人ほどに分けて見やすいように映した画像が現れた。


「さすが、繊細で有能な葉山君。凄く見やすいよ。」

「仕返しですか?どういたしまして。」


「あら。」


「かわさん、どうしました?」


「この二枚目のリストの下から五人の男の子達、全員取り逃がした悪い子達だ。」


 ドアのロックができないようにガムテープで補強していた水野が戻ってきて、楊の両肩に両手をかけてひょいと楊の後ろから顔を出すと、楊のスマートフォン画面を思案顔で覗きだした。

 自分の背中に当たってはいけない君のものが当たっているよ、と楊は水野に声を掛けようとして、水野の言葉に黙るしかなかった。


「この年齢だったら、あたしらが知らないはず無い奴等だよなぁ。」


「悪い子って何をした人達ですか?」


 五月女の質問に楊は口中に嫌な味が広がるような気持ちで、リストを眺めながら答えていた。

 彼と髙が指導しようとして目をつけた矢先で、完全逃亡を許してしまった五名である。


「五人でつるんでね、集団リンチの上のカツアゲを繰り返していた奴等。一生残る傷を被害者達は受けていてね。奴隷の印だって、煙草で火傷させて。それがさ、加害者の親達は裕福だったからね。俺達が補導する前に察したのか、さっと一斉に県外に子供達を逃がしちゃったの。あぁ、胸糞悪い。襲われていた子達は皆普通の家の子で、小遣いだってそいつらの方が貰っていたのにね。」


「あぁ、あいつらか。金持ちの自分達、いや、選ばれし俺達は下々に何でもしてもいいってほざいていたね。」


 佐藤が思い出したか、潰せなかった悔しさを滲ませた声を出した。

 楊はあの時、警察にスカウトをしていなければ彼女達が奴等を仕置きしていたはずだと、自分の日和見主義な行動の後悔をしていたのである。

 佐藤の声に楊はその時の気持と共に同調し、やるせない気持ちのまま天井を見上げた。


 電気がついて明るいが、重苦しくて閉塞感のある部屋。

 受付のスペースは出入り口だった扉と、壁と、教室へと続く両開きのガラスドアによって仕切られている。

 受付から教室へと眺め見れば、教室には大きな窓ガラスがあり、電気のついていない暗い教室内には外の電光が光をカチカチと投げかけていた。


「入り口ドア脇の、そうだよ、一間離れた所には窓があったはず。でも、ここには窓は無くて、それどころか棚向こうは妙に新しい左側面の壁。――あ。」


「どうしました?かわさん?」


「しまった。罠だ。みんな、教室の方へ出るよ!」


「ここから外に出た方が!」

「いいから!撤収!」


 楊は左腕で背中にいた水野を抱きしめる様に引き寄せると、彼女を庇うようにして受付スペースを越えた奥へと駆け出した。

 部下三名は楊の動きに驚きつつも彼の後を追い、受付ドアを開け放って廊下へと飛び込んだ。


 バシュウ。


 彼等の大移動の数秒後、受付は建物を揺らすほどの鈍い音を立てた。

 ズウンと鳴った重い音の後に、左の壁、今の彼らには向かって右側となった壁が大量の水とともに吹っ飛んで崩れ落ちたのである。


 受付は天井まで一瞬で水で溢れ、天井の照明のショートと一緒に水面は燃え広がり、炎は室内の表面を舐めるように拡がっていく。

 ミシっと受付と教室を二分するガラスの扉と壁にヒビが走った。


「炎と水が来ます!」


 五月女が叫んだが、しかし、楊が入り口ドアを開錠しておけと指示していた功績か、水はそのまま入り口ドアを水圧で開け、表面に炎を纏いながら外へと一気に流れ出していったのである。


 ダダン!ガン!ダガン!


 水圧を失って倒れたカウンターや棚が倒れこんで、受付と教室の区画を分ける扉は塞がれた。

 ヒビ割れたガラス戸の向こうには、燃え盛る炎が室内を舐め回しており、楊達の退路を絶ったことを知らしめている。


「なんですか、これ。この仕掛けは。」


 呆然とする葉山に五月女が呆然と答えた。


「新設した密封された空間に、誰かが入室して電気を点けると、恐らく、水が流し込まれる仕掛があったのですよ。水が満杯になったら壁を破壊して受付内を水没させて。この爆発と炎の感じでは、ガソリンか何かの可燃物が水に混ぜてあったのでしょうね。」


「俺達が押し倒され動けなくなった所で、火を纏ったガソリンを浴びる事になると。階段に逃げても同じこと。こっちに逃げていても入り口ドアに細工をしておかなければ、水はこっちに来たよね。このガラスのヒビの入り具合はさ。」


「そうしたら自分達は火を纏ったガソリン水を被って……。」


「ちょっと、説明は後!白塗りが天井にいるよ!」


 水野の叫びに全員が上を見上げた。

 天井には白塗りの死人が蜘蛛の様に五人も貼り付いており、気づかれた事を知った彼らは一斉に楊達の上に落ちてきた。

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