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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十三 局地的戦闘の勃発
35/65

いつものかわさんじゃない

 五月女と歩き出して数分後に、楊はパソコン教室の入っているビル前で自分を待っている部下達の顔を見回した。


「皆さん。怪我だけはしないようにお願いします。」


 ところが部下達は一人も動かない。

 楊は自分が髙のような威圧感も無い小物だからだと、少々がっかりとしている自分を見つけた。

 部下が動かないのならばと、上司の彼が先鋒となるしかないと覚悟を決めた。


 四階建ての雑居ビルの二階のフロア端に存在する教室は、外階段からの出入り口を玄関口に仕立ててある。

 ワンフロアを無理矢理二つに割いて二社に貸し出しているらしく、エレベータフロア側のドアが別会社の事務所なのだろう。

 階段を登りながらそのような事を考えていた楊に、葉山が階下から声をかけた。


「鍵が閉まっていますって。それに、鍵を持っている大家と連絡が取れません。」


 楊は階下の葉山を一瞥すると、早足で階段を駆け上がり、部下達が追いつく前に懐に隠し持っていた金属棒を鍵穴に差し込んで解錠した。

 この技は髙に教え込まれたものだが、言う事を聞かない水野と佐藤には絶対に教えるなと釘を刺されている。


「うわあ、鍵があいていた。みんな……。」


 振り向いた楊は自分の失敗に心の中で大きく舌打ちをするしかなかった。

 彼の真後ろに佐藤と水野が満面の笑みで立っていたのである。


「うっそ、感激。かわさんスゴイ!」

「カッコイイです!かわさん!」


 楊の動きに勘のいい佐藤達が足音を忍ばせて階段を駆け上がって来ていたようで、気付かなかった楊は髙から伝授された秘術を知られてしまったのである。

 彼は自分のうかつさに、自分を殴ってやりたいとだけ思った。

 実行したら自分が可哀想だから「思う」だけだ。


「教えて!それを教えて!」


 水野が右腕に絡み付いて体を寄せ、楊に水野が豊満な美女であったことを思い出させ、左腕には佐藤が可愛く絡みついたが、佐藤がスレンダーでも出るところは出ているな美女であった事を思い出させた。

 また、佐藤の計算高そうな視線に、楊は両腕に感じるセクハラに対処するよりも自分の浅はかさを激しく呪った。

 鍵が開かないのならば、彼は部下を引き連れて署に戻れば良かったのだ。


「かわさん。その道具は持っているだけでお縄ですよね。現行犯逮捕です。」

「さっちゃん。あとでね、教えてあげるから今は許して。」


 二人は楊からパッと離れ、彼の後ろでキャーキャーと嬌声を上げて喜びだし、彼は二人に対して溜息を吐きながらコートのポケットに違法な道具を片付けた。

 それからポケットから引き出された彼の手には別の道具、つまり小さな鏡を持っていた。


 彼はそれで小開けにしたドアから内部を鏡で映して安全確認という、髙に仕込まれていたもう一つの芸当をしようとしたのだが、水野は楊の動きなど見てもおらず、鏡を取り出した楊の目の前で大きくドアを開け広げたのだ。

 楊は役に立つことも無かった鏡を、再び自分のポケットに片付けた。


「水野、トラップがあったらどうするの。危ないじゃん。」


「かわさん、みっちゃんが盾になるからいいでしょう。」


「さとう巡査。君はみっちゃんの親友じゃなかったのですか。」


「親友の弔い合戦は私が責任を持って遂行しますから。」


「この暗黒妖精が!」


「ほら、いいじゃん。二人とも早く入ろうよ!」


 楊はドアを水野の代りに抑えると、ぐるりと簡単に内部の状況を見回した。

 ドアを開けてすぐの受付となる空間には夜逃げしたという言葉通りほとんど何もなく、カウンターと長椅子が壁際に一つだけ残されているだけである。

 だが、カウンター後ろには書類棚があり、有難い事か災いか、棚には書類束が数束だけ残っていた。


 いつの間にか葉山と五月女が楊の後ろにいたので、楊はドアを自分の背中で押さえたまま彼等を中に通した。

 葉山は一直線にカウンターにあるパソコンに向かい、五月女はカウンターの棚を引き出そうとし始めた。

 五月女は隠し戸棚の有無を確認しているのであろう。


「かわさん。パソコンは生きています。」


「そうか、とりあえず君達は簡単に受付内をさらって。俺と佐藤と水野はこれから全体をさらっと見回る。俺達が戻ってきたら今日は帰るぞ。長居はしない。あと誰か、ドアが完全に閉まらないようにドアとドア枠にガムテープを。」


「どうしてですか?」


「これが罠ならば鍵をかけて僕達を閉じ込めちゃうでしょう、普通は。逃げ道を確保しておかないと危険でしょう。」


「凄い。どうしたの?かわさんたらいつもと違う。」

「課長。カッコイイって言っていいですか?」


 楊は葉山と五月女が今迄自分をどのような目で見ていたのか知って、とてつもなく悲しくなった。


「かわさん!ガムテープが無い!」


 楊は溜息をついて小型の糸巻きのように巻いておいた布ガムテを水野に放り、水野がドアに来た代わりに彼が室内の中心に進んだ。


「え、嘘。本気でかわさんですか?どうして今日はそんなに有能なの!」


 佐藤の声に、重苦しい気持ちの中重苦しい受付の中をぐるっと見回してから、彼はいつものように頭をがっくりと下げ、いつものようにしゃがみこんだ。

 するとその姿に安心した部下達は笑いさざめき、楊が最初に指示した取りの行動を取り始めたのである。

 五月女と佐藤はカウンター裏の書類束を探り出し、葉山はパソコンを弄りだしている。


 しかし、楊は気楽になった部下達と反対に、自分が大事な何かを忘れてしまったような、そんな焦燥感を抱いている自分に気づいていた。

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