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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十三 局地的戦闘の勃発
33/65

死人の印

 元公安の山口が教えてくれた簡単な方法で動かなくなった死人を縛りながら、水野はこの縛り方を平然とできるようになった自分が恐ろしいと一瞬ぞっとした。


 首に縄をかけて後ろ手に縛るのだ。


 これを生きている人間に施せば、動く度に首が完全に締り死んでしまう拷問でしかない結び方である。


「淳平って馬鹿っぽいけど、本当は怖い人なんだよね。怖く感じない人が一番怖いって本当なのかも知れないなぁ。髙さんなんてその代表だしさ。」


「みっちゃん、終わった?」


 水野が顔を上げると、水野と同じ縛り方で完璧に死人を縛りきった佐藤が水野に笑顔を向けていた。


「終わった。でもさ、これどうする。トランクぎゅうぎゅうよ。」


「だよねぇ。」


「あ、でも平気。かわさん達が来た。」


 黒のセダンから飛び出して来た楊と五月女が、一直線に彼女達に向かって駆けて来た。


「君達大丈夫なの?それで、こいつらは、――死人か。」


「さすが、かわさん。一目でわかるのですね。」


 楊は豆鉄砲を食らったような顔で二人を見返し、そして死人の首を指差した。


「ちゃんと死人ですって印付いてるじゃない。君達もしかして、生きている人にもこの結び方をしちゃっている?死んじゃうよ。ぜったいぜったい止めてね。この結び方して被疑者を殺しちゃったら、僕は絶対絶対ぜったいに君達を庇わないからね!」


 水野と佐藤は顔を見合わせてから楊に向き直った。


「首に縄があるのに死なないから死人という印付けだったのですか。」

「なんだぁ、もっと苦しめてやるって言う悪意があるのかと思っていた。」


 二人は再び顔を合わせてから、楊に再び向き直り同時に言い放った。


「つまんない。」


「詰まんなくないの。それで、白塗りの方は?ちょっと見ていいかな。」


 楊は縛ったばかりの死人をつかむと、引き摺るように歩かせながら車のトランクへと歩いて行き、後を追う水野と佐藤は楊が死人へ非人道的な振る舞いをする事に驚いていた。


「いいよ、開けて。」


 佐藤がリモコンキーを取り出してボタンを押すと、カチリとトランクを解錠されただけでなくパカンとトランクの蓋が開いた。

 そして間髪入れずにびょんっと飛び上がった白いものが楊を突き飛ばし、続いてトランクの中のもう一体が上半身を持ち上げた。


「うわぁ、やば!」

「ああ!閉めなきゃ!」


 慌てた佐藤と水野はとにかくトランクを思い切り閉めたが、トランクからは既に一体は飛び出してしまっている。

 二人が襲われているだろう楊を助けようと身を翻すと、楊は完全に死人の下敷きになっていた。


「あぁ、かわさん。噛まれちゃった、の?かわさんが?うぎゃああああ。」


「嘘。それじゃあ、かわさんが白塗りになった?全然動かないし。どうしよう。髙さんに連絡しないと。どうしよう。うそ。」


「……大丈夫だから、いいから助けて。二人分だから重くて動けないの。お願い。早く俺を助けてあげて。」


 佐藤と水野が慌てて白塗りの死人と楊が自分の盾代わりにした死人を楊の上から少々持上げると、楊は死体の下から体を転がしながら這い出てきた。


「ありがとう。」


「いいえ。」

「いいよ。でもさ、かわさん。ねぇねぇ、動かないって、もしかして両方とも死んじゃっている?」


「あ、本当だ。白塗りが死人の喉笛に噛み付いたまま息絶えているね。黄泉平坂の死人はこっちの死人を齧ると死ぬのか。発見だね。髙にメールしよ。」


「あ、顔が戻ってきた。白塗りは死ぬと顔が戻るんだ。かわさん、そのこともメールしといた方が良くない?」


「なんか、この不細工加減。見覚えがあるような。みっちゃん、覚えていない?」


「そう言われて見ると、うーん。よくあるブサイクだよなぁ。」


 楊と水野達が道路に座り込んで死体の検分をしていると、大きな男の声があがった。


「うわぁ。食べないよ。」

「白いヤツをとにかくトランクにもう一回入れて、ソレを放り込もう。」

「先にこれ放り込んで白いやつの方が良くないですか?」


 葉山と五月女はそれぞれお人形のように死人を掴んで向かい合って言い合っているが、その姿に佐藤と水野は無言となって彼等を眺めていた。

 無表情になった佐藤達に楊が少々脅えを感じた頃、水野の方がぽつりと相棒に呟いた。


「ねぇ、さっちゃん。本当に葉山でいいの?なんか馬鹿だよ。」

「うーん。私も二月に箱根に行ったら、百目鬼さんを襲ってみようかな。」

「やめて。それあたしんのだから。」


 楊は自分の部下達の平和な姿を眺め、このまま直帰したいなぁ、と心の中で呟いた。

 百メートル先には何者も居ないはずだからこそ危険であるのだ。

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