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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十三 局地的戦闘の勃発
32/65

背後に気を付けろ

 ところで、楊達が目的地に辿り着く数分前には、水野達は目的地から百メートル近く離れた場所に車を止めていた。

 目的地の対象者に気づかれる事を避ける為であるが、彼女達の車は数分前からとある車に尾行されており、その車の対処の為でもある。

 尾行車は楊からのメールにあったナンバープレートを着けていたのだ。


「かわさんて実は切れ者か、当りを引くラッキーマンか。」


 バンと音を立てて車のドアを閉めた水野は、相棒に歌うように声をかけた。

 相棒はスマートフォンから顔も上げずに車の施錠をし、熱心にメールを読みながら水野の横を歩き出した。


「私を安全な聞き取りにまわして、自分は東原一族の殺害現場の現場検証を三件もしちゃうから、やっぱり有能なのかしらね。そこでかなちゃんを乱暴した男達は生きて逃亡中って結論も出してしまうしね。」


「おまけに、さっちゃんを動かして囮にしていたものね。美人には悪い虫がつきやすいものだからって悪びれもしないなんて、かわさんの新たな面に驚き。」


 佐藤はそこで噴出した。


「私、かわさんにストーキングされていたなんて気づかなかった。」


 楊は東原の親族の家の現場検証の最中に、高部家の昔の隣人へ聞き込みにと戻って来た佐藤を見つけて、そして佐藤の姿を伺う東原滋治の弟の英治ひではると従兄の翔を見つけていたらしいのだ。

 彼が撮ったらしき東原達の乗る車の写真とナンバープレート番号についての彼からのメールを佐藤は受け取っていたが、そこには注意書きもあった。


 常に後ろに気をつけろ、と。


「よう。俺達と遊ばねぇ?」


 後ろ、から声がかかり、二人は振り向かずに数歩前に飛び出してから同時にターンして振り向いた。


 ダダン。


 鉄パイプが地面を打ち、金属による火花が散った。

 鉄パイプが打ち付けたそこは、彼女達が振り向いて立ち止まっていたら暴力の洗礼を受けたであろう位置である。


「鉄パイプかよ。古くせぇ。親父だからか?」

「おまけに不細工。これじゃ、女を殴ってからじゃないと一発もやれない。」


 彼女達に向き合った男達は二人とも大柄であり、一八〇近くあるだろうという身長に弛んで小太りな体型なところまで双子のようによく似ていた。

 どちらも安物のダウンジャケットを羽織り、短く刈られた髪型にピアス、そして首筋には和彫り風の機械彫りの刺青が覗いている。

 彼らは外見が似ているだけでなく動作までそっくりだという風に、同じタイミングで再び彼女達へと鉄パイプを振りかざした。


「ありがちなやつら。でも、目が逝っている。動きも鈍い。」

「私達が側に来るまで気がつかなかった存在感。」


 佐藤と水野も双子のように同時にぷーと噴出して、同時に叫んだ。


「通常の死人だー!」


 叫んだ二人は、目の前の大柄の死人達が振り下ろし振り回す鉄パイプを、それぞれ猫の様な身のこなしで避け、それから、彼らの足元を狙って蹴り飛ばして転がした。

 しかし、パイプを持った手は彼女達を殴りつけようと振り回され、おかしな体勢にもかかわらず腕の動きが止まることはない。


 ガシュン。ギャギャギャギャ。


 二本の鉄パイプが火花を散らしながらコンクリートを削る。

 死人は通常の人間よりも力が強い。

 武器を奪う事ができないばかりか、これ以上近付いて攻撃する事も危険だと彼女達は間合いを空けた。


「どうやって奴等を倒して括る?」


 水野が相棒に目線だけ向けて声をかけたが、佐藤の姿はない。

 背後を軽い足音が駆けていくのを知った水野は、佐藤が車へと駆けて行ったのだと理解した。


「うわぁ。あたしを巻き込むなよ。」


 水野は死人を逃さぬ囮として鉄パイプを交わしながらじりじりと動き、背後で車が発進し、さらに自分に向かってぐんとスピードを上げて来た車を感覚だけで横に避けた。

 彼女が飛び退った脇を車が飛び出し、思い切り良く死人二人をその車は撥ね、ボンボンといい音が周囲に響いた。


「さあさ、急いで括らねば!」


 水野は急いで腰にぶら下げている縄を取り出し、彼女に一番近い血まみれになった死人に走り寄った。

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