僕が弟者だ
カナヘビが海里の結婚を反対?
相手が白波の蛇の化身そのものだからかなとも考えたが、一先ず僕は茶器をテーブルに並べてから彼女達の向いに座り、彼女達のお喋りを楽しむだけにした。
人の気持ちの解らない僕が余計なことを海里に言っても仕方が無いし、良純和尚達の担当する事になった死人の事など考えたくも無いからだ。
「蛇?」
当たり前だが梨々子は海里の返答に小首を傾げている。
「白波は蛇だ。我が家はカナヘビ。家の守り神って話だ。それで、我輩はこの様な身の上であるからな。ユキにミニジェットをくれてやる代わりに我輩を任せるからと、先日父が言い出してな。」
「辰爺酷いよ!」
僕は思わず叫んでしまった。
すると向かいの海里が寂しそうな表情で下を向いた。
そのまま彼女は静に僕達にお茶を入れ始めた。
香りと色からローズヒップとハイビスカスだろう。
その赤いお茶を僕に渡しながら、彼女はぽつっと寂しそうに呟いた。
「解っておる。こんな姿の我輩が嫁じゃ、ユキが可哀相だろ。体にはもっと酷い傷が残っているものだ。」
「何を言っているの。ユキちゃんが夫だよって話でしょう。海里が可哀相じゃないか!あれはギャングだよ。ろくでなしだよ!蛇だよ蛇。」
僕の憤りに海里は言葉通り目を白黒させるだけとは、やっぱり普通の少女だ。
「まーたクロトって、ひどーい。クロトったらね、あたしとまさ君の仲も裂こうとしたのよ。まさ君の事をつまらない男だって言ったの。酷いわよねえ。」
お嬢様属性で外見もモデル美人でありながら、ストーカーでギーグでしかない女が騒いでいる。
彼女の寒々しいストーカー部屋が明るくなっていた小物が楊によるものだったと知った衝撃で、僕は楊が可哀相になるくらいだ。
彼女は僕以上に手伝いも何もしない人だと、僕はこの数日で痛いほど知ったのだ。
全く僕の内職仕事を手伝わない居候って、どうよ!
怪我で体が大変な淳平でさえお守り作りを手伝っているというのに!
あの不自由な手で、人差し指と中指が使えない左手で、トロトロとお守り袋に小さな木札を入れてくれるのだ。
僕はその姿に感謝よりも鬱陶しさが勝ってしまい、彼に冷たい言葉をかけてしまったと思い出してしまった。
「淳平君、せっかくだから君も良純さんとスノーモビルで遊んでおいでよ。」
淳平は悲しそうな目で僕をしばし見つめ、僕の言葉が駆け引きどころか本意だとわかったのか、僕に軽くキスをするとさっさと僕の言葉を実行しに部屋を出て行った、ということまで僕は思い出し、あれ、もしかしてあれは計画的だった?と気が付いてしまった。
大体、左手でお守り袋を持って、右手で木札を入れれば済んだ話ではないか。
うっそ……。
恋人に裏切られたと気づいた僕の目の前で、由貴なんかと婚約したばかりに不安なのか、海里がとても興味深そうに梨々子に尋ねていた。
「それで梨々子はなんと答えたのだ?」
答えたのは僕だ。
「つまらない男でも私が最高だって思っているからいいのよって。つまらない男だって後で嫌われたらかわちゃんが可哀相だなって僕は思っただけだよ。梨々子よりも十歳以上年上のかわちゃんは、梨々子に十年後に振られたら後が無いでしょう。」
「思いませんし、嫌いません。」
梨々子は挑むような目つきで僕を見返してきた。
僕も似たような表情を作って見返していたら、梨々子の隣の海里が満面の笑みを浮かべていた。
「それでは、我輩も、うん、ユキがろくでなしでギャングだとわかっているからいいぞ。兄者も応援してくれているしな。」
「誰、その応援している非常識。辰雄か、辰児か、それとも辰樹か!」
三人とも最初の妻の息子達で、四十以上海里より年上の海里の兄達である。
「兄者と言えばクミではないか。」
「クミちゃんが兄者と呼べと。」
「ユキの伴侶であれば俺が兄だと。だから兄者だと。」
僕は海里の返答に、彼女の部屋を再び見回して、彼女の着ているイギリスの赤い兵隊服風ドレススーツと顔の大きなアイパッチを見つめた。
真っ黒のシルクビロードに銀色の糸で立体的な骸骨マークが和刺繍されている。
「その眼帯は、もしかして、ユキのプレゼント?」
海里は凄く可愛らしく微笑んだ。
「ユキの手作りだ。」
なんと、完全に騙されている。
「違うよ!その刺繍は叔父の白波蓮司の作品だって。彼の見事な和刺繍は芸術過ぎて、その世界では彼が海自の一佐である事がかなり惜しまれている程なんだよ。簡単に刺繍して貰えない人に無理矢理作品を作らせておいて、自分作だと騙ったのか!」
「そんなに凄い人の作品だったのか!」
「まず、蓮司さんをその気にさせないと駄目だね。身内でも海自だから居場所もわからなければ、なかなか会えないし。公務員だから、お金で何とかはできないでしょう。」
ふと見ると、海里が口元をわななかせて泣きそうな顔になっていた。
僕が由貴のろくでなさに熱くなって、思わず彼の嘘をバラしたせいだ。
傷つけちゃったか。
「ただの機械刺繍だと思っておったが、そこまでして我輩にこれを作ってくれたのだな。世界に一人の海賊船長には世界に一つの物がふさわしいと、吾輩の目の前でアイパッチに仕立ててくれたのは由貴だ。我輩はそれまではただの眼帯であった。」
「すごーい。愛されているのね。それで世界に一人って、いいなぁ。あたしもまさ君にそんな風に言われたい。」
「り、リリコ、お、お茶はお代わり、い、いるか。」
海里は物凄く真っ赤になりながらもティーポットを持ちあげ、そしてやはり恥ずかしそうにアワアワとしていた。
ほのぼのしい場面でもあるが、僕は「世界に一人の海賊船長」になぜか引っかかっていた。
引っかかる所ではない。
物凄く由貴の趣味を感じていたのだ。
「ちょっとイイデスカ?ユキは結婚したら君になんと呼んで欲しいと?」
これ以上真っ赤になれるのかと思うほど、彼女は着ている服よりも真っ赤になり、上目遣いに恥ずかしそうに僕を見上げて疑問系で答えた。
「夫だからオトジャ?」
此処にきて、僕はアミーゴズが本気で海里を好きなのではないかと思い始めた。
自分好みのアーミー風に仕立てた小柄の美少女に、「兄者」「弟者」とふざけて呼ばせる気であったとは、本当に大馬鹿野郎共だ。
相思相愛でもいいのか?
こんな純な少女にあんなろくでなしを与えて。
「こんなちっこい子にあの馬鹿共は。」
「ちっこい言うな!」
畜生、返って来たお約束のセリフが耳に嬉しいよ。
「海里、ユキをオト者は詰まらないから止めて。その代わり、背の君にしよう。それで君を妹と呼べればユキは大満足なはず。それで、僕がアミーゴズの弟分だからね、僕が弟者に決まっているでしょ。ユキと結婚したら、僕を弟者と呼ぶんだよ。」
海里はお約束に顔を茹でダコよりも真っ赤に染めて、可愛らしくアウアウとしていた。




