僕に答えを求められても……
僕が呪い返しした時、僕の苗字が変わった事以外に、僕の肉体も変わった。
僕は生まれつきの染色体異常というXXYだったが為に、その時を境に僕の上半身が女性化してしまったのである。
「仕方が無いだろ。お前は武本なんだからさ。」
生還した僕にそんな適当な言葉をかけてくれたのは、僕を養子にした百目鬼良純である。
彼は二十一歳の息子を持つには若過ぎる三十二歳の青年であり、若くして債権付競売物件を専門に不動産を経営している実業家であり、禅僧だ。
相談役として彼を僕に紹介したのが、武本家の菩提寺の住職なのだから彼が僧であるのは当たり前であるのだろうが、そんな彼はただの博識で有能なだけの僧侶ではない。
一八〇を超える長身痩躯に高い頬骨と切れ長の奥二重の目という端整で貴族的である外見の素晴らしさだけではなく、人を魅了する声と心胆を寒からしめる声を使い分けて人を操れるという、絶品の声帯を持つ現世のメフィストフェレスでもあるのだ。
「ねぇ、玄人。何か言っておあげなさいよ。」
小柄な体に豪奢な着物を着込んで髪を紫色に染めている雛人形は、眉根を寄せて僕を煽るように急かした。
そこで僕はもの思いから覚めてもみたが、もともと僕が思い起こしをしていたのは、この場にふさわしいアドバイスが一つも出てこないからである。
七年ぶりにできた子供を産むか堕胎するか悩んでいる人に、人生経験の無い僕が一体何を言ってあげられるというのだろうか。
「玄人?」
祖母は実の娘の落ち込みよりも、階下で開催されている宴会に戻りたくて仕方が無いようだ。
僕達が滞在する武本ホテルは青森県のとある奥地にある武本町に建っている唯一の宿泊施設であり、武本物産が殆んど趣味で内装も営業も行っているが為に、レトロな四星級の高級ホテルの風格を保っている。
町民は特別価格で利用でき、その外観や人知れず感により、本気で人目を避けたい人々の隠れ家ホテルとしても有名でリピーター率が高いためか何時も賑わい、辺鄙な所のホテルとしては例年黒字決済なのが笑える所だ。
そして、このホテルで開催されている宴とは、僕の従兄である武本和久の結婚式の前夜祭であり、僕の父である良純和尚の誕生祝である。
一時に何でも一緒にやってしまおうという武本家の適当さと、祝いの席であれば極めた趣味の発表会も兼ねられると親族中にお触れが走ったためか、総会が面倒で来なかった親族まで押し寄せ、会場はかなりの大騒ぎになっている。
愁嘆場に弱く、騒がしいもの大好きな僕の祖母が、宴会場に戻りたいと思うのも当たり前なのだろう。
「ねぇ。クロちゃん。見えるものなら何でも言って。」
祖母には似ておらず武本顔の叔母は、涙を溜めた目で僕を見つめた。
隼の十歳年上の長女の加奈子伯母もそうだが、武本家の女性は意志の強そうな鼻筋の通ったしっかりとした顔つきに東北人特有の無駄にぼさぼさの睫毛と眉毛を持つ美人顔である。
そして付け足させて貰えば、奈央子の方が加奈子よりも柔らかい顔立ちだ。
武本は白波のように人形のような完璧な美しさはないが、温かく人間味のある顔つきで僕は大好きでもある。
僕は奈央子が口元をわななかせて僕を一心に見つめる姿に、彼女が自分の決断を応援して欲しいのではなくて反対して欲しいのだと気がついた。
震える奈央子の肩に手をかけて、そっと自分に彼女を引き寄せた孝彦だってそうではないか。
彼らは生みたいのだ。
けれども生後すぐに息を引き取った子供の事が忘れられないのだろう。
僕だっても忘れられる訳はない。
あの子の事を。