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吾輩にその部屋は似合わん!

 僕達は一先ず海里の部屋にいた。

 二番甲板の艦長室である。

 淳平達はなぜか祖母咲子によって最後の便に乗せられる事になり、到着まではかなりかかる模様であるのだ。


 淳平か杏子の具合が悪いのかと慌てて電話をしたら、淳平は心地の良い声で咲子受け売りのろくでもないセリフを口にした。


「パーティに遅れて最後に登場するのが一番の客の決まりごとなんだって。時間はたっぷりあるから杏子ちゃん達とネイルマッサージしてもらっている。海外では男の人こそ指先の手入れに気を遣うのだってね。俺は右手だけだけど、凄く気持ちがいいよ!」


 僕は祖母に会ったら「くそばばあ」と、生まれて初めて声に出そうと決意した。


 さて、海里の艦長室は船首側にあるだけあって海原を遠くまで見通せる空間だが、内部の装飾は海里からは想像しがたいものであった。


 広々としたスペースにはひよこ色のもこもこの絨毯が敷かれ、そこにはファンシーで色とりどりぬいぐるみが溢れ、ふわふわのそこに転がって寛げるようにレースとフリルのカバーが被せられた大型のクッションも沢山ある。

 さらに部屋の作り付けの家具の扉は真っ白に塗られているだけでなく、小花や小鳥などの可愛らしいステシルが施され、一段高くなった場所にドーンと鎮座しているベッドは、天蓋付きのクィーンサイズのヴィクトリアンだ。


 この部屋を一言で言うなら夢見る乙女の部屋であり、吾輩と唱える人物の艦長室などでは決して無い。


 スタッフからお茶セットを受け取って部屋の中を見回した僕は、彼女にどうしても言いたくなったのだから仕方がない。


「ねぇ、かいちゃん。一言だけ言っていい?」


 僕に訝しげな視線を返した海里は、きゅうっと眉根を顰めた。

 海里の長い髪の毛は金色に近いくらいの栗色であり、髪の色よりも濃いブラウンの太い眉の下で輝く目の色は青色だ。

 本来の髪の色は眉と同じ濃いブラウンだが、目の色は本物である。

 彼女のお母さんが東北出身だったためにか、彼女は青色の目で生まれてきた。

 父親の早坂辰蔵がDNA検査もして確認したのだから、彼の娘であり純日本人なのは確実らしい。


 但し、その行動から辰蔵は奥さんに罵倒を受けただけでなく離婚の危機にも直面したそうだ。

 二番目の別れたはずの妻が新婚家庭に居座っている状況で、辰爺たつじいは何をしているのだ、と考える。


 僕が辰爺と呼ぶ早坂は現在八十二歳である。

 辰爺は精力的で魅力的な海の男なのだから次々と後妻を迎えられるのも当たり前なのかもしれないが、年を考えろよ、と僕は叫びたい。


 そして六十四歳の時の末子が生まれた時、その存在が夫婦仲を裂きかけたとしても、彼が長年欲しがっていた女の子であったがために辰爺の喜びは凄まじく、彼女が不思議な目の色をしている事とDNA検査までした申し訳なさも相まってか、辰爺の彼女への寵愛は常軌を逸している。


「何だ。早く言ってみろ。」


 彼女のアイパッチから赤い筋が少々はみ出しており、僕はその赤い筋が聞いていた火傷の痕であるのだと知り、深い寵愛も仕方が無いかと溜息をついた。


「吾輩がどうした。」


 あぁ、そうだ、僕は質問の途中だった。

 見返せば海里はそわそわとして挙動不審であり、僕が質問をしてさっさと彼女を解放しなければ、既に部屋に寛いで喜んでいる梨々子のためにお茶も出せないと困っているのであろう。

 どうしてこんなにも良い子で普通なのに、一人称が我輩?


「海ちゃん。我輩と喋るならさ、もっと、傍若無人にね、しようよ。ほら、梨々子なんて、初めての人の家であんなにも図々しいし、あいつの部屋はギーグだぞ。海ちゃんは部屋も可愛い普通の女の子じゃないか。一人称に我輩は止めてね、一人称は僕にしとこうよ!僕子も可愛いと思うよ!」


 海里はふうっと溜息をついて顔を背けた。


「相変わらずだ。」


 海里はそう呟くと、彼女は再び僕に向き直って部屋へ向かって左手を掲げた。


「この部屋はユキの見立てだ!我輩が部屋に拘る分けなかろう!何も無い海上では全てあるものを大事にだ。あれが勝手にこの部屋を装飾したのだ。その上な、ユキが持ち込んだあの丸型のぬいぐるみ群などは、全てヤツの手作りである!」


「あー。」


 僕は白波の男達が手芸が得意な人ばかりだと忘れていた。

 海里が指差した先には、バスケットボールサイズの丸型っぽい色とりどりのヒヨコ五匹が、ポップな、やはり丸型のメンフクロウを中心に仲良く並んでいる。

 不細工可愛い鳥群を見ているうちに、あの中の黄色いヒヨコが欲しくなった自分がいたのが許せなかった。


「あ、私の部屋のぬいぐるみもそうよ!まさ君がプレゼントしてくれたものばかりなの。ねぇねぇ、ユキちゃんと婚約した経緯とか、どんな人なのか教えて!彼はクミちゃんと一緒に玄人をからかうばっかりで、私はあまりお喋りをしていないのよ!」


「う、うむ。あれは我が家の蛇だと父は申していた。」


 多分初めてのお友達、それも同い年の少女に惹かれるように海里はのそのそと歩いていき、梨々子の隣に腰掛けた。

 僕もと彼女達の側に行こうとして、海里の髪の毛の間から顔を出したカナヘビと目が合ったことで足が止まった。


 早坂家の使い魔はカナヘビであるのだが、そのカナヘビは金緑色の両目を悲しそうにして僕を見つめてきたのである。

 主人の結婚に反対なのかな?

 だったらその気持ちだけはすっごくわかるよ?

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