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死者は黄泉比良坂を超えてやってくる(馬15)  作者: 蔵前
十一 最初のインカミング
28/65

サーチしてもデストロイできません!

「クロちゃん?」


 僕は海里を促して一緒に画面を覗いた。

 画面の男性は隣に梨々子を侍らせて、気取ったようにしてシャンパングラスを掲げていた。

 彼の印象的な目元にはいい具合に陰りがあり、写真の中の男は僕の知っているかわちゃんではない表情であった。


「まことか!こんなハンサムがこの世におるのか。」

「うわ、ものすっごいよそ行き顔。」


 同時の大声を出しての反応だったが、梨々子が反応して怒り出したのは勿論僕の方だ。


「よそ行きって何よ!クロトには素顔で私には作り笑いって事なの!」


 泣きそうな表情になった梨々子に「しまった。」と思いながら、僕はアミーゴズに振り返ったら、……彼らは腹を抱えて笑っていた。


「笑いの神だ!」

「降臨されておられる!」


 くそう、役に立たないアミーゴズめ。


「どうしてあなた方まで笑うのですか!」


 今度は梨々子はアミーゴズに泣き顔だ。


「寒いところで何をいつまでもやっているの。」


「おにいさん!」


 僕は良純和尚の登場を嬉しく思いながら彼に振り向いたのだが、彼はすぐさま梨々子に差し出された携帯画面を眺めさせられていた。

 お兄さん、と呼ばれての彼がびくりとして、梨々子に従順に従ってしまったところが驚きである。

 佐藤達の破壊力は半端ない。


「おにいさんはまさ君の親友でしょう。クロトが酷いの。この写真を見ておにいさんはどう思いますか!」


 彼は口元を押え、ぶっと大きく噴出した。

 梨々子は完全に追い打ちをかけられた格好となり、彼女は完全に悲しみに飲まれて頭を下げてしまったが、彼は子供にするように梨々子の額をつんとつついたのである。


「あいつ、一番いい顔にしようと頑張っているね。面白いから俺のスマホに転送してくれないか?」


「え?」


 今度は梨々子が濁点のついた「え」だ。


「一番、いい、顔?」


「できるだけハンサムに写ろうとしているだろ。あいつが。笑えるじゃないか。」


 梨々子はごくんと唾を飲み込むと、ツンとすました顔に戻った。


「あげません。この写真は私の宝物です。」


 泣きかけた顔を今度は幸福そうに染めた梨々子は、誇らしそうにスマートフォンを胸にぎゅっと押し付けるように抱いた。

 けれど反対に梨々子の隣の海里は反対に暗い顔になっていて、僕は彼女が可愛そうだと由貴に振り返ると、由貴はいつのまにか到着するヘリに誘導灯を掲げて着陸の誘導を行っていた。


「ようやく、淳の到着か。」


 溜息をつく良純和尚に僕も空を見上げて、それから急いで由貴の所へと駆けつけた。


「ユキちゃん。あれは違う!あれは呼んじゃ駄目だよ!」


 僕が由貴を押えたその時、所属不明のヘリからはバラバラと何かが僕達目掛けて放り投げられ、僕が掴んでいる由貴から息を呑む音が聞こえた。


「お前たちはこっちに来い!」


 良純和尚が梨々子と海里を抱き込むように庇い覆うなか、久美は自らの身を守る姿勢を取ることもなく、悠然と構えたまま僕を見て笑った。


「クミちゃん?」


 ゴゴンゴンゴン。


 僕が彼に呆然とするなか、こぶし大の鉄球は僕達の頭上一メートルほどで跳ね返り甲板に音を立てて落ちて転がった。

 そして、確実に僕を直撃しそうだった三つはぐいんっと方向転換して凄い勢いでヘリへと向かって飛んでいく。


 ガン、ガン、ガガーン。


 天空で起きた衝突音に、僕は由貴に縋りついたまま首を竦めた。


「よっしこーい、操縦席にひとつ直撃!」


 由貴は嬉しそうな声を出して歌うように呟いた。


「燃料タンクも二ついったれ。んじゃまあ、一応海上保安庁に連絡か。面倒くせ。」


 久美は悠々とスマートフォンを耳に当てて電話をし始めて、バランスを崩したヘリは船から十数メートル先の海上にドボンと落ちた。


「何が起きたんだ!」


 大小の美少女を両脇に抱えた良純和尚が、僕と由貴の立つ場所まで歩いてきた。

 僧服が風を含んでハタハタとはためき、少女達は今の騒動に恐れをなしたか身をかがめて良純和尚の腕の下に潜り込んでいる。

 彼女達の顔が驚きを浮かべていても恐怖が見えない事から、多分ソコが暖かくて居心地がよいと貼り付いているだけの様な気がした。


「おこじょらて。」


 嬉しそうな響きを含ませて久美が近づいて来た。


「何を言っている。」


「驚いた。まゆゆから聞いて知ってはいたけど、面白いねぇ。オコジョが全部受け止めて落として、仕返しに投げ返してって、楽しいねぇ。可愛いし。」


 眉根を寄せて尋ねる良純和尚に答えたのは、僕が掴んだままの由貴だ。

 由貴の答えに久美は僕には見えない由貴の顔に浮んでいるであろう表情を浮かべて、由貴と目線を交わしてニンマリとした。


「さすがのオコジョ様らて。」


「お前らが仕込んだのか。砲丸なんかをヘリからバラ撒いたら危険過ぎるだろうに、何を考えているんだ!」


「そんな訳ないでしょ。久美が警察に電話したからね、俺達は部屋に行こう。淳達が到着したらスタッフに連れてこさせればいいよね。カイ、手配しといて。転がっている砲丸の片付けもね。さぁ、行くよ。」


 じゃぷん、ぺた、ぺた。じゃぷん。


「うそ!誰かが登ってきている!ほら、あそこに白い手!」


 梨々子が叫びとともに左手を指した方角に一斉に振り返ると、甲板の隅に塗れた手がぺたりと丁度乗せ上げられた様子だった。

 海里はその手を見ると良純和尚の懐から飛び出して、タタタっとそこに駆け出して行った。


「おい、カイ!」


 しかし、彼女が目的地にたどり着く事は無かった。

 由貴が小柄な少女が辿り着く前に抱き上げ、彼女の行動を封じたのである。


「何をするのだ。海上においての遭難者は国籍も思想も所属も関係無しに救うのが海の掟だろうが。放せ!」


 海里は持ち上げられて叫びながら由貴の胴体を踵で蹴ろうと暴れたが、ぴたりと動きを止めた。

 由貴と海里を見守っていた僕らは、ソレがどうしてかよくわかっている。

 海から上がってきた遭難者は三人おり、僕が見たことのない死人であった。

 目と鼻と口があるだけの無個性の顔は、まるで白いお面を被っているようだ。


「クロ。あいつらを潰せ。」


 良純和尚が当たり前のように僕に命令をしたが、それは僕が死人をただの死体に戻せる死神の力を持っていると知っているからだ。

 彼の声は僕に対する信頼に溢れているが、僕は彼に悲しい気持ちで振り向いた。


「無理です。あれは黄泉平坂の向こう側の死人です。僕側の存在。僕には消すことが出来ません。」

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