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俺は常識者だからさ

 突如として現れた御手洗というスタッフは、俺に微笑むとスタッフにしては砕けた話し方で客である俺に話しかけて来た。


「いまは私も手隙ですから。お持ちしますよ。コーヒーですか?それともお紅茶?お客様のお召し物は素敵ですね。お坊様に扮装される方は初めてですよ。」


「え。」


 俺は何時もの僧衣であるが、御手洗の言葉で白波アミーゴズが玄人に無理矢理着せ付けた衣装について思い出していた。

 アミーゴズがミリタリーオタクの格好をしているのはいつもの事だが、玄人が着せられた近衛兵風のブルージャケットは、ジャラジャラした飾りのついた宝塚のような物である。


 まだ到着していないが、淳平は王子様風だ。


 俺はこの宴が仮装パーティのような気がしてきて、もしもそうであるならば「早く帰りたい。」という気持ちまで押し寄せてくるほどであった。

 白波と武本の混成チームで仮装パーティは、無礼講過ぎて危険極まりない。

 常識者が損をするのだ。

 例えば俺のような、だ。


 早朝にケダモノ達に箱根旅行を約束させられたという、かなり弱っている俺であるのだ。

 これから異常事態が起きたとしても対処できる自信など無い。


「お客様、ご注文はいかがされますか?」

「あぁ、コーヒーを。コーヒーだけで。砂糖もミルクもいらない。」

「かしこまりました。」


 カウンターに戻ろうと御手洗が振り返ったその時、館内放送なのかキンっと金属音が大きく鳴った。

 俺は音の方へと自然と顔を向けており、スピーカーは見当たらなかったが俺の顔を向けた方角からは少女の怒鳴り声が大きく響いた。


「いい加減にせんか!しらなみの馬鹿共が!さっさといつもの四番甲板に消えるがよかろう!この糞野郎共が!」


 おそらく俺のいるラウンジ上の指令室からの声だろう。

 少女の罵声にぶっと噴出した御手洗だが、彼女はプロらしくすぐに真面目な表情に戻った。


「今の放送は何ですか?かなり若い女性の声でしたね。」


「この船の船主であられる早坂はやさか海里かいり様です。白波様達は毎年ああやって彼女をからかって遊んでいらっしゃるのですよ。今年は可愛らしい女の子をお二人も連れて来られたから、きっとかなり焼餅を焼かれていられるのでしょうね。」


 早坂辰蔵が危篤の時に海外から戻って来たが、家庭内の殺人者である二番目の妻が居座っていることを知ってトンボ帰りしてしまった三番目の妻の娘か、と思い出して納得した。

 玄人が辰爺ちゃんと呼ぶ早坂は海運王だ。

 子供に船一隻与えるぐらいは朝飯前であろう。


「糞が!いい加減にしろよ!我輩に撃ち殺されたいか!このド阿呆が!」


 マイクのハウリング音に重なるかのような喚き声が再び艦内に響き渡り、そのすぐ後にはブツっと館内放送が切れた音だ。


 ピンポーン。


 ラウンジの隅にもエレベータが一機設置されていたようだ。

 隠し扉のように壁が開いた所を見るに関係者専用なのだろうか、それが稼動して扉の開いた音であった。

 やはり先程の声の主は上階の展望室か指令室にいたのかと開いた扉を何気なく見ると、現れたのは小さくて真っ赤な女の子であった。


「くそったれがぁ!」


 イギリスの軍服を真似た赤い上着に黒のバルーン型の膝丈のチュールスカートを合わせ、右目にアイパッチ着用の美少女がそこから飛び出してきたのだ。

 その怒りを纏った一五〇センチくらいの小粒少女は俺の脇を駆け抜けていき、バンとガラス戸を体当たりの様に開けるや、金色の長い髪をたなびかせて甲板へと飛び出して行ったのである。


 俺は彼女を見送ると天井を見上げ、数秒数えた。


「どうかされましたか?」


 笑いを含んだ声を俺に掛けた御手洗は、俺に湯気のたったコーヒーを持って来ていた。


「普通の船上パーティだと聞いて喜んだが、白波が関わっている以上普通じゃないと気づかなかった自分が馬鹿だとね。」


 御手洗はプロを捨てた様子でひとしきり大笑いをすると、みだらな視線を俺に向けた。


「ご心配されなくても普通以上の楽しさがあるパーティですよ。大人の楽しみだって。あなたが望まれるなら、ね。後ほど私と如何です?この今すぐの時間でも。お坊様はとても素敵だわ。」


 俺は激しく笑い出していた。


「あの?何か?」


「いや。見事なお芝居だよ。思わず乗せられそうだった。」


 そうして俺は席から立ち上がると、熱いコーヒを捧げる御手洗を残して甲板へと向かうべく一歩踏み出したのである。


「どうされました?」


「もうすぐ友人もヘリで来る頃だからね、出迎えだよ。」


 彼女から俺が逃げ出したわけではない。

 水野と佐藤の要求にはしっかりと立ち向かって、要求通り宿の予約まで俺は入れたではないか。 

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