戦艦に乗ろう!
「軍艦、山城、ぐんかーん。せんかん、戦艦、ふそう。」
「軍艦、大和、ぐんかーん。せんかん、戦艦、やーまとぅ。」
馬鹿みたいに船の上で雨乞いの人のような変な踊りをしている白波の三人組の囃しどおり、俺達が招かれた船上パーティは軍艦であった。
軍艦風クルーズ船というべきか。
本当の軍船と間違えられては危険だということで廃墟のような赤錆色に塗りたくられてはいるが、クルーズ船を改造して甲板の一部を飛行甲板風にしつらえた悪趣味な船だ。
上部構造物として戦艦らしい物見やぐら風展望台と上部におそらく指令室を備えたブリッジが右舷側に聳え立ち、それに接する形で大きな半円型トーチカが建造されている。
トーチカ内はパンフレットによると喫茶室だ。
そして、俺達が立つ甲板は戦闘機を待つように白いラインが引かれて整えられ、その上夕闇の中着艦用のライトが色とりどりに輝いている。
実際は全長が百は確実に無い船舶であるが、個人持ちの船としては巨大極まるものである。
さらに、此処にはこれから客達のヘリがリムジン代わりに次々と降り立つのだそうだ。
それも特別客だけだ。
六人乗りのヘリに乗って遊覧しながらパーティに到着というオプションであるために、パーティチケット以外に別料金が掛かるのだ。
従って殆んどの客は新潟港で出港前に乗り込んでいる。
最初の空からの客である俺達が乗って来たヘリは、俺達を降ろすと次の客のために飛び立っていった。
四機の手持ちのヘリをフルに活用できるという、由貴の会社の稼ぎ時なのだそうだ。
社長は浮かれて甲板の中心で踊っているが。
「船上パーティの船って、みんなこんな感じなの?」
楊の婚約者の梨々子が、船上での強い風から身を守るようにコートの打ち合わせを閉じて凍えていた。
凍えているだけでなく、多分どころか確実に、これが一般的なクルーズ船ではないと知り、船上パーティに抱いていた夢が破れたのであろう。
大きな目をこれでもかと見開いて見回せるだけ見回そうとしているのか、目玉がぐるぐると動いている。
俺は親友の婚約者を慰めるべく、当たり障りないように答えた。
「いや。これは白波だから、と言うしかないよ。最高速度が三十ノットだそうだ。」
「クルーズ船で?チョー、凄い。夢の船だわ。」
彼女は呟くと、白波軍団の輪に入ってしまった。
「軍艦、大和、ぐんかーん。せんかん、戦艦、むさしーい。」
俺は溜息をついて馬鹿な白波三人組と、馬鹿な小娘の変な踊りに目をやった。
玄人まで一緒になって踊っているとはどういうわけだ?
確かに新潟に着いた二十八日から彼は毎日神社の内職仕事をさせられているが、その反動なのだろうか?
俺は彼を放って遊び呆け過ぎたか?
あのコテージの飯は言うに及ばず、大浴場が温泉を引いてある上にサウナまでも備えているという素晴らしい隠れ家であった。
前回来た時に楊が大司の改造車を絶賛していた通りに、彼の改造したスノーモービルで雪原を走り抜けるのは小気味良いどころでは無かったと思い出したまでは良かったが、一心不乱に踊っている馬鹿の姿に、そんな俺自身を責め立てられているように感じて無性に腹が立ってしまった。
俺は玄人よりも堪え性が無いのである。
「軍艦、もーがみ、ぐんかーん。せんかん、戦艦、くまのーう。」
「いい加減にしろよ!お前等、ほんとうに馬鹿過ぎて意味がわからないよ!それから最上型熊野は巡洋艦だ!」
ぴたっと動きを止めた久美が俺に振り向いて大声で叫んだ。
「細けぇよ!一分一秒を楽しもうよ!」
「重要だろうが!ふざけんな!」
俺は馬鹿な奴らを見捨てて、上部構造物であり船内への最初の関門の中に入る。
甲板側が全面ガラス張りのそこはラウンジとしてしつらえてあるようで、この糞寒い所から避難したい俺には最適な場所とも言える。
ガラスドアを開けて中に入ると目の前には二機のエレベーターがあるエレベーターホールとなっており、エレベーターを待つ人用のソファが置いてあった。
木部には繊細な掘り込みがあり、座面は花柄のゴブラン織りという装飾だが、華美どころか落ち着いた雰囲気を持つ小型の可愛らしいソファである。
「湾曲した足は猫足だとクロは言っていたな。それから、なんだっけ?貝殻モチーフや、葉っぱのような繊細な曲線があるロカイユ装飾がロココと見て間違いないとクロは言っていたけれど、これはロココにしては仰々しくないからヴィクトリアン調ってヤツか?」
俺はそこまで独りごちて楽しくなった。
「クイズみたいで面白いじゃないか!」
玄人が家具に拘るのはそこも面白いからなのだろうと気付いた俺は、いつしか気が納まっていたのか、エレベーターホールから続いているカフェへと足を向けていた。
欧風のカフェの奥にはコーヒーサーバを載せたカウンターがあり、海側の壁、右舷側には大きなテーブルがあり、数多くの焼き菓子が乗った皿が無造作に載せあげられていた。
スタッフの姿が見えない所から、好きな菓子を勝手に取り、コーヒーも自分で淹れるシステムかと了解した俺は、とりあえずカフェの椅子のひとつに座ったのだが、俺のすぐ横に女性スタッフがふわっと現れたのである。
情けない話、彼女の気配を感じなかったと、俺は驚きで一瞬腰を宙に浮かしかける程だった。
「セルフサービスではなかったようで。」
御手洗と書かれたネームプレートのある三十代前半くらいの店員は、ショートカットにボウタイと黒のベストとパンツ姿という男装の麗人スタイルである。
彼女は無作法に彼女を眺めた俺に対して悪感情を抱くどころか、嬉しそうな悪戯な笑みを浮かべた。




