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帰還したキャリア おまけ付!

 ぼやいていた楊に戸口から声がかかった。


「何か起きたのですか?朝の事件はそんなに大変なものでしたか?」


「あぁ、お帰り。早かったね。葉山君、警部補に復帰おめでとう。それから事件は現在進行形であり、俺のフィクサーによるとね、レッドアラーム案件なのだそうだよ。」


「あら、おもしろそうじゃないですか。それからありがとうございました。」


 葉山の名誉挽回の為の手柄には楊と髙の計画的な仕込があったのだが、びしっと頭を上司に下げた葉山に対して楊は照れくさいのか適当に手を振った。


「いいよ、頭を上げてよ。なんかむず痒いよ。」


「ですってよ。だったらもういいかしら、あたくし少々疲れていますの。」


「え?」


 突然の少女の声に楊が音のした方向へと目をやると、葉山の足元には幼い少女がちょこんと立っていた。

 楊は少女の存在に訝しそうな表情を作って葉山を見上げれば、先程迄の好青年の雰囲気だった葉山警部補はやさぐれた雰囲気に変わっており、楊に眼を合わせるとウンザリとした顔をあからさまに作った。


「どうしたの?このちっこいの。」


 葉山の話では本部が保護した迷子であり、その外見から簡単に割り出された保護者に連絡したところ、「任せる」と返されて電話を切られたのだそうだ。


「任せる?」


「俺にこの子を押し付けた人の話ではそうですね。」


 葉山が本部の上層部連中によるご機嫌伺からようやく解放され、さぁ帰ろうとエントランスに向けて本部の廊下を歩いている時に、彼の背中へ親しい声が掛かったのである。


「葉山君、おめでとう。」


 振り向いた葉山の目の前に颯爽と現れたのは、警備部の要人警護課の課長である坂下さかした克己かつみ警視であった。


 坂下は相模原東署のすぐ側に住んでいるマツノグループの総裁の松野葉子を主に担当しているために相模原東署の人間と顔見知りであり、楊の以前の同僚で上司で友人という関係で、特対課のメンバーとは同じ釜の飯を食った仲でもある。


 つまり、坂下と特対課の男連中は、玄人からせしめた一つ二万円以上はする料亭花房の高級弁当を一緒に隠れて食べた仲なのだ。


 坂下は百目鬼よりも低いが一八〇センチ以上ある長身に軍人のような体格で、猫毛のやわらかそうな髪は短く、目鼻立ちがすっきりとした美形である。

 三十四歳の彼には三歳近くの可愛い盛りの子供がいると葉山は同僚より聞いていたが、葉山の目の前の坂下が父親のようにして手を引いている幼子は、どう幼く見積もっても幼稚園の年長以上だ。


「お祝いの言葉をありがとうございます。」


 葉山は子供の顔に訝しさを感じながらも、親しい本部の上司に頭を下げた。

 坂下は降格に値する失態でも訓告で済み、訓告を受けても出世出来たと言う強者である。

 これからの出世を考えるのならば彼の懐に入ることは必要だろう。


「あ、黒ーい。坂ちゃんに君の本心を告げ口しちゃおうか。」


「報告を止めましょうか。」


「ごめん、葉山君。続けて。」


 坂下に対してきちっと頭を下げた葉山に、坂下は軽い言葉、葉山が不安になるほどの気安さで返してきた。


「いいから、いいから、頭を上げてよ。」


 好感さで溢れる坂下は、次に厚顔なセリフを葉山に言い放ったのだという。


「ちょっと君に頼みたいことがあってね。迷子で預かっているのだけれどさ、俺は急な出張が入ってね。出張先の地にいる親御さんについでだから連れて行こうかとも伝えたら、絶対に連れて来るなって言われてさあ。困っちゃって。君はこの子の顔が大好きでしょう。嫌なんて言わずに預かってくれるよね。」


 黒いファーコートを着て白いワンピースに白いブーツという人形のような格好をしたその少女は、どこからみても玄人の母方の実家の「白波」の顔立ちである。


 さらさらとした真っ直ぐで真っ黒な髪は肩下までの長さで、陶磁器のような白い肌を一層に美しく引き立たせている。

 つるっとした卵型の輪郭に完璧にそろえられた目鼻は人形の様に整っているだけでなく、笑みを含んだ可愛らしい唇は白い肌にふさわしい桃色で、さらに、長い睫毛に縁取られた大きな目が黒く涼やかに煌めいているのだ。


 葉山は幼い子供と言えども完璧な顔立ちにほぉっと感嘆のため息を知らずに吐き出してもいたが、白波家は男の目元が一重なのに女の目元が二重なところが不思議だと冷静に考えてもしまっていたという。


「あ、確かに不思議だね。ちびが武本の人間だからだと思っていたけどさ、この子はちびそっくりだもんね。それでちびそっくりな可愛い子だと、君は喜んで預かって来たんだ。」


「そんなわけは無いでしょう。もう少し育っていたら喜んで、ですけれど。」


「この鬼畜が!坂ちゃんは誠実そうなお前の仮面に騙されたんだね。」


「あら、この方は今と同じ言葉を口になさってよ。それでも坂下警視はあたくしをこの鬼畜警部補に押し付けましたの。」


「まさか。」

「本当です。」

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