楊は相談する
「あの事故でしょう。運転者も怪我をしているかと近隣の病院を当たったら、相模原第一病院にいたの。お前らのせいでこの病院はオカルト病院だって婦長に開口一番に叫ばれてさ。むかつく。それでさっきさっちゃんと見てきたら、服装と持ち物から高部智成なんだけどさ、ねぇ。」
「ちょと、ねえ。」
水野と佐藤は顔を見合わせて嫌そうに頷き合っている。
「酷い暴行でも受けていたのか?それでは運転手は妹の方?」
「いえ、あの。今朝の事故後すぐに発見されて病院に搬送されていました。外傷もなく無傷ではあるのですけど、死体にしか思えない生体反応と、それから。」
「どうした。さっちゃん。」
佐藤が口ごもることは殆んどなく、楊は思わず「さっちゃん」と呼んでいた。
警察入りをしたばかりの彼女に「さっちゃん」と呼びかけて、彼女から手痛い返しをされた事があるのだ。
しかし本日の彼女は楊にそんな呼ばれ方をした事など水洗便所のように綺麗に流し、思いつめた表情で楊を見返した。
「ごめん。何か、聞きたくない。一先ず智成に気づいていない僕達って事にして、被疑者行方不明のまま妹を保護して終わりにしようか。妹さんがまた東原の連中に乱暴されることになったら可哀相だからね。」
楊の提案に佐藤はにっこりと微笑んだ。
「いいですね、それ。顔が白塗りみたいなのっぺらぼうの死人なんて初めてですから、私もその決断に賛成です。」
「さっちゃん。かわさんが机に突っ伏している。どうしよう。」
「えぇ。本当だ。決断を変える前に私達は妹の保護に走ろう。」
「よっしゃあ!」
楊は机に突っ伏したまま彼女達の去る足音を聞いていた。
そして、完全に足音も途絶えて静寂に包まれた部署で、むっくりと体を起こし、それからいつものように彼は相棒に電話を入れた。
「髙、どうしよう。変な死人が出現した。顔がのっぺらぼうなヤツ。知っている?」
電話の向こうは暫く無言となった後、ポツリと答えた。
「やばいヤツ。時々出るの。被害者の人格やら何もかも吸血鬼みたいに吸い取っちゃう。僕は一度しか見たことないね。それも逃がした。対処法がわからなかったからね。そっちで出たの?って出たからの電話だよねぇ。」
「そう。のっぺらぼうの死人が相模原第一病院に収容されている。」
大きな舌打ちの後に電話の向こうは再び暫し考え込んだのか沈黙し、楊がその無言の数秒に耐えられなくなった頃に、彼の相棒の声が発せられた。
「わかった。その死人はこっちで手配する。白塗りは病院だけだよね。」
「今のところはね。それから、その死人の身内の保護に佐藤達が向かっている。」
「それは急遽引き返させて。危険だから。それから、情報がとにかく欲しいからね、情報だけ集めて。決して白塗りを見つけても捕獲したり近付いたりしないようにね。」
「危険なのか?」
「捕獲しようとして一人殺されて、一人再起不能。噛み殺されたヤツが白塗りに変化してね、代わりに白塗りがそいつになって逃げていった。そいつのまま妻子も殺して未だ行方不明だよ。」
楊は高部家の様子を思い出して目を瞑った。
実の息子に嬲り殺されていると思い込んでいただろう哀れな老夫婦。
東原という屑一族の一人が起こした自損事故を息子の一人が見てしまったばっかりに、家族の幸せを全て奪われて破滅させられた人達だ。
佐藤を高部家の調べに回すと、楊本人は東原の三親族の家も確認して回っていたのだ。
そこも高部家と同じ衝動殺人の痕跡が残っていた。
しかし、楊が彼らに憐憫の情がわかないのは、高部家の不幸があまりにも許せないものであったからだろう。
「わかった。これはちびに一応聞いておいた方がいいのかな。」
「それは止めて。今のところ公安でも一部しか知らない存在ですからね。一般人には知らせたくありません。」