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裏切りばかりの楊

 五月女は楊の言葉を聞くと、目の前の動く焼死体を眺め直した。

 上半身しかない遺体が動くはずは無い、全身の六十パーセントどころか、炭化しかかっている表皮も見受けられる真っ黒な状態の人間が動くはずは無い、そういった事実が次々と五月女の脳みそに染みわたっていった。

 五月女はしゃっくりの様なびくっとした呼吸をすると、震える声を楊に向けて上げていた。


「課長、それではこの遺体、しびとですか、は、ずっとこの痛がっているままですか?」

「だよねぇ。どうしようか。」


「クロに電話すればいいじゃん。」

「そうよね。あの子遠隔でも力が使えるって髙さんが言っていましたよ。」


 楊は何かあると課長の彼ではなく副官の髙に電話する佐藤というブラックな部下を見返し、水野の「クロ」の一言で顔に喜色を浮かべた残念な巡査部長を視界に入れながら、渋々とスマートフォンを取り出した。

 まだ、本部にリリースするには手遅れでないかもしれない五月女のために、楊はスマートフォンの通話をスピーカーにした。


「……はい。」

「ちびか。」


 ぶつ、つーつーつー。


 顔を背けた水野と佐藤は噴出しているのか、彼女達の背中が小刻みに揺れており、楊は受けた恥ずかしさに今度は決意を持ってリダイヤルをした。


「必ず、今日の案件を、俺は、あいつに、振ってやる。」


「いいかげんにしろよ。」


 電話に出たのは楊の親友だった。


「通話を切ったのはお前だったのかよ。いいからちびだせ。こっちは大変な状況なんだよ。」


「朝っぱらからうるせぇな。お前ら警察だったら一般市民の安寧を邪魔すんじゃねえよ。こっちは疲れているんだ。」


「プライベートジェットでちょいちょい移動しただけだろうが、ふざけるな。」


「お前な、新潟も雪国だって知っているか。一昨日昼前に着いてから昨日もずっとスキーにスノボー、スノーモビルってな。連日夜中まで遊び倒して身体中痛てぇのよ。アミーゴズと付き合うには体力がいるがな、遊びに関しては最高に楽しい奴等だよな。」


 楊は空を見上げて、どうしてこんな屑の生活を守るために日夜働いているのでしょうかと、神様に訴えていた。

 しかし彼が見上げた空は、十二月の六時前の為にまだ薄暗い。

 空の天辺は未だに澄んだ群青色で、白い月と瞬く数個の星が残っていた。


「でぃれぐあ、お、のって!てれもんてれーれ、すてっれ!てれもんてれーれ、すてっれ!あるばるば、びん~。」


「近所迷惑ですから!本気で寝れないって苦情来ますから。」


 突然歌いだして壊れかけの楊の雰囲気に恐れをなしながらも、五月女が慌てて楊の肩を両手で掴んで揺すって声をかけた。

 いくら見事なテノールでも朝の五時半である。

 壊れた上司は小心者の部下を軽くねめつけると、下唇を尖らせて不貞腐れた。


「苦情来たら俺達を簡単に呼ばなくなるんじゃない?ここはウチの管轄じゃないし。」


 五月女はそれもそうだと同調している自分を叱り付け、楊が持つスマートフォンの先にいるはずの想い人に思いを馳せて、楊が口にした興味深い単語の意味を尋ねてみた。


「それで、あの、プライベートジェットって?」


「ちびは金持ちの御曹司だって知っているでしょうが。武本物産はそれほどじゃなくても、母方が白波で彼の祖母が花房でしょう。それ関係で橋場やら島田に早坂と、お歴々と繋がりがあるからね。」


 六時前の暗いなかでも、五月女の双眸の瞳孔が開き、瞳がきらりと輝いたのが楊にも見て取れた。


「自分はやっぱり絶対に決して諦めません。どこまでも憑いていきます。」

「君は思っていたほど純朴じゃないんだね。がっかりだよ。」


部下も友人もこんな屑ばかりだと、楊が少々悲しい心持ちになったのは事実だ。

 唯でさえ楊は曽祖父の仕打ちに心砕かれているのである。


 楊は祖母に笑われた後に双子の弟にも確認したが、曽祖父を祖母の愛人の変な外人と認識していたのは自分だけだったと知り、家族全員に腹を抱えて笑われたのだ。

 おまけに父を母に引き合わせたのも曾祖父だとまで言われ、警視庁の父親に止めを刺されたのである。


「あの有名な警視庁の長谷警視監だって。お前は県警だとしても警察官でしょう。知らなかったの?お前は彼を何者だと思っていたんだ?彼になんて聞かされていたの?」


「……婆ちゃんの愛人で、ロシア貴族の末裔の元秘密スパイだって。俺の傍にいたいという彼女を振り払ったのに、病気になったら夫がいるのに引き取ってくれたのって。」


 楊の言葉に上品なはずの彼の祖父母は床に転げまわって笑い、父親には哀れまれた。


「さすが長谷警視監。嘘は言っていないのに思いっきり嘘になっている。お前はそんなに信じ易くてよく刑事が出来ているね。大丈夫?」


 そんな家族での居た堪れない団欒を思い出す傷心の中、楊は百目鬼の楽しんだウィンタースポーツには、彼の相棒の髙が確実に便乗してもっと楽しんでいるはずだと確信していた。

 感謝と労いも兼ねて彼の長期休暇を通したが、普通はもっと年末に働く相棒に配慮するものではないだろうか。

 相棒の裏切りにまで心が引き裂かれたその時、楊のスマートフォンは無情にも言い放った。


「話が無いなら、そろそろ切っていいか?寝直したい。」

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