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大蛇は気遣いもする

 玄人は以前は記憶喪失だった。

 そのため、白波も武本も親族関係で彼が知らない事、今回の例でいえば爛れた大人になった久美の私生活なのだろうが、子供であった頃の玄人には知り得るべくもない事については一切触れようとしないで隠そうと気遣う癖がついている。


 祖父武本蔵人の「無理に思い出させると玄人が死ぬ。」という言葉を頑なに守っていた七年があったのだから仕方がないのかもしれない。


 事実、彼は記憶を戻してすぐに殺されかけて大怪我を負い、その生還の代償か、上半身は女性で下半身が少年という今の姿になってしまったのだ。

 哀れだが、美しい半陰陽の体。


「やっぱり。こんな恥ずかしいジェットのパイロットだなんて隠したいものね。」

「あぁ、それで新人さんか。」


「ちょっと二人とも何を言っているの!特にオコジョ!モッカちゃんをけなす事は君の和君をけなす事と同一でしょうが!」


 俺達に憤った由貴によると、デザイナーの和久のキャラクターだというモッカちゃんは、欧州においてはセレブから一年先のジェットチャーターの予約が埋まるほどの大人気なのだそうだ。

 三頭身に破れたジーンズにTシャツ姿の大きなグリーンの瞳をした女の子が大きく胴体に描かれ、彼女の周りには音符とドクロとハートが飛び交うというラッピングジェットに大枚はたいて乗りたがる人の気持ちは俺には理解できないが。


 共感力があっても俺はきっと理解できないだろう。


「広告料のためって言ってくれた方が納得できるのに。」


「うわ、嫌だね、オコジョは。お金に汚く擦れているよ。俺はね、社長さんなの。エンゲージメントの追及は大事でしょうよ。ジェットをただで手に入れ、そこに広告料を貰った上で施したデザインで顧客拡大という濡れ手に粟。ついでに、社員も俺も大好きなモッカちゃんがしばらくは我が社のイメージガールになるんだ。顧客満足度の向上のみならず従業員のこの会社で働いて良かった満足度が駄々あがりという、最高のエンゲージメント達成でしょうが。」


「そうだね。副社長の新垣さんが退職していなければね。これから書き入れ時だっていうのに、そのせいで社員が逃げたって本当?」


「このオコジョは!どこでそれを!もう、いいから君は操縦士さんにお茶でもお出ししてきなさい!」


 咲子の小紋を着せられた玄人は、俺達に片方の眉をキュッと上げて目を眇めると、踵を返して操縦席の方へと去っていった。

 由貴に言いつけられた、操縦席にお茶を持っていく仕事、をするのだろう。

 基本怠け者だが、仕事を与えると素直に従い完璧にこなすのである。

 手抜きが彼には性質上出来ないからこそ、彼は自主的に仕事をすることが嫌いなのかもしれない。

 玄人が消えると由貴は俺に身を寄せて、内緒話のように声を潜めた。


「水野君はさ、前から欲しいと思っていた男でね。オコジョに手を掴まれて、お願いと言われて聞かない男などいないだろ。」


「はは、お前等、それで急にクロに女装させろと言い出したのか。良かったな、水野君とやらが丁度良く首になっていて。」


「ふふん。馬鹿機長宛てにホテルのルームサービスだって酒の手配を頼んだんだ。水野君の行動も想定通りの計画通りってね。」


「馬鹿男は可哀相だな。さすが、アナコンダ。」


 彼は俺の言葉を賞賛と受け取って大笑いをあげてひとしきり笑うと、軽薄そうな仮面を外した真面目な顔つきに戻った。


「近い将来に飲酒で乗客を道連れにするくらいなら、ここで一人で潰れてしまった方がいいでしょう。そんでさ、俺はそんな事よりもね、化粧道具を持ち歩いているあんたに引いたよ。まぁ、あんな美人になったオコジョがさ、瓜二つと言われていた沙々姉とはまるきり違う顔だったから嬉しい驚きもあったけれどね。あいつが俺達にとって可愛いわけだよ。あれこそが我が白波の神様の顔かもしれないね。」


 うっとりと大蛇は語り、俺は自分の芸術品を思い浮かべた。

 着物だからと敢えてアイラインを赤で引き、そして、あいつの唇を初めて強い赤で塗ってみたのだ。

 その顔はいつも俺が作る顔と違う、妖女の雰囲気と神々しさで輝く天女の顔だった。


「お前らの神様は沙々のほうじゃないのか?」

「やめてよう。」


 自分の体を両手で抱いて本気で嫌がる由貴を横目に、鼻で笑いながら機内を適当に見回した。

 そういえば玄人の代りにアンズを抱かせられて一人ポツンの淳平がいたなと目をやると、彼はとっくにアンズを籠に戻して熟睡していた。


 倒しきったシートに身をゆだねているその姿は気だるそうで、顔などは熟睡しているはずだが少々険があるようだ。


「淳?」


 立ち上がろうとする俺の袖は軽く押さえられ、俺は驚いて由貴に振り返った。


「熱もあったからね、飛ぶ前に痛み止めを飲ませたから大丈夫だよ。」


「俺が気づかなかったのにね。すまない。」


「いいよう。でもね、彼はうちの神様に普通以上に寵愛されているようだからね、気をつけてあげて。あれはろくでもない神様だからね。」


 自分達が祀る神様を「やばい」と共通認識の白波家って一体何なのだろう。

 そして、寵愛されない方がいい神様って何なのだ。

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