みんなで食事だ!
「すっごくおいしいし、毎日が楽しい。」
小学生の少女のような笑顔で僕にスマートフォンを翳しながら喜ぶ美少女は、僕の恩人であり良純和尚の親友の楊の婚約者だ。
警察庁の金虫眞澄警視長を父に持ち、母方の祖母がマツノグループの会長だという金虫梨々子は、生粋のお嬢様と言える十八歳の女子高生だ。
そんな彼女は一七〇の長身にアーモンド型の美しい瞳を持つモデル系の美女であるが、ストーカーで電脳オタク(ギーグ)であるためか、女子高で浮いて同性のお友達が一人もいない。
つまり、ストーカーし続けた楊との結婚式の参考のために、同年代に近しい相談相手が僕しかいないのだ。
彼女は僕が従兄の結婚式の準備を手伝っている事を知り、本当の結婚式を見て見たいと僕に呟き、そして、我が一族の結婚式に飛び入り参加したのである。
彼女の式にはマツノグループは一切手を出さず、金だけ潤沢に用意して武本物産を利用してくれるというのだから素晴らしいお得意様の気がするが、「今から人気会場のジューンブライドの予約?」という会場手配も全て我が社が請け負うので、実は我が社の従業員には物凄い迷惑客かもしれない。
ちなみにまだ会場自体を決めてくれないので、本気で困った花嫁である。
それでも僕と年齢が近く、僕のメール友達でもあり、ご近所友達でもあるので、まぁいいかと、家族以外でわいわいやる食事に大喜びの彼女に僕は微笑み返した。
僕もこの楽しみを彼女の婚約者の楊によって教えてもらったのだからと。
彼は僕をちびと呼んで、彼の弟であるかのように可愛がってくれるのだ。
「喜んで貰えて良かった。僕もね、譲おじさんの牧場は大好きだから。道産子は見た?」
「道産子?」
「小型の馬がいたでしょう。僕達の乗る馬車を引っ張ってくれた、あれがそうだよね。知ってはいたけど初めて見たからね。違った?」
小首を傾げる梨々子に道産子の説明をしたのは髙だ。
彼は説明をしながら、嬉しそうな顔つきで僕に確認してきたのである。
「道産子で大当たりです。鉄道が無い時代は武本では道産子が大事な運搬力でしたからね。今でも大事にして保有しているのですよ。」
僕が答えると、譲が後を継いだ。
「武本は道産子に惚れちゃっているからね。僕が牛が好きだと此処を牛牧場にしてしまったけれど、本当は道産子の牧場だったんだよ。今はたった三頭で、数を減らしちゃって申し訳ないけれどね。」
「何を言っているんですか。おじさんのお陰で三頭もまだ保有できるのだし、物凄くおいしいチーズ料理が食べられるレストランまであって最高ですよ。」
「レストランってほどでもないけどね。殆んど趣味だから。」
外見が北欧のログハウスのような大きな建物内部は、中世の城の居間のような情景だ。
大きな暖炉は赤々と燃え、毛足の長い絨毯がみっしりと敷き詰められ、壁には防寒の為にか何枚ものタペストリーが飾られている。
鹿の首が飾られていれば完璧なのだろうが、譲は剥製もそういったオブジェも嫌いな人だ。
但し、毛皮に関しては化繊のものと違って一度手に入れたら一生誰でも大事に扱うからと否定しない。
但し野生動物の毛皮は「許さない」の姿勢だ。
彼が認めるのは「家畜」の毛皮である。
家畜は殺されるためにだけに飼育される生き物だ。
そんな彼らの肉を取ってお終いではなく、全部余す所無く、感謝して大事に使い切ってこその命への感謝であるとの考えである。
「本当においしくて、ゆっくりできて素敵ですね、此処は。大事な愛犬も預かっていただけましたし。それに、ドライブでの初めて見たあの風景に感激しました。樹氷は初めて見ましたが、本当に幻想的できれいなものなのですね。」
今泉杏子、現在は髙杏子が見て来たばかりの風景を思い出したか、うっとりとした顔で微笑んだ。
「そうでしょう。東京の方には寒過ぎるでしょうけれど、見て損はないでしょう。」
譲は杏子の言葉に相槌をとりながら、大きなデザートの皿をテーブルの中央、ほんの少しだけ杏子と梨々子よりに置いた。
それは彼女達を喜ばせるためのデザート、メレンゲにラム酒をかけて火をつけるという、不思議なアイスクリームだ。
青い炎が揺らめき、色とりどりのフルーツとフルーツソースという煌びやかなデザートに、梨々子と杏子が歓声を上げ、代わる代わるに写真を撮り合って笑いあう。
そんな愛妻の姿に、髙がとても幸せそうに頬を緩めた。
杏子は鋭角な目鼻立ちだが、笑う度に目元にぷっくりした涙袋ができて柔らかい印象になる。
休職してから肩先まで伸びた髪も印象を和らげているかもしれないが、妊婦になって一層丸い雰囲気になっている彼女は、日々美人度が増していると会う度に感じる。
だから、彼女に貸している僕の犬神を返してくださいと言いたい。
僕を守って亡くなった呉羽大吾が犬神となり僕を守る事を選んだが、彼は良純和尚によってマタニティブルーの杏子に下げ渡されたのである。
彼女に子供が生まれるまでは僕達は会えない関係だ。
今だってうっすらと杏子の後ろから僕を悲しそうに窺っている。
彼はボクサーのような顔付きで、フォーン一色で顔だけが黒い配色という毛色に、筋肉質でがっしりとしたとても大きくて力強い犬の姿をしている。
そして、彼の毛皮は艶やかで最高の手触りで、僕は彼を撫でるのが大好きだったのだ。
あぁ、早く君を抱きしめたいよ。
僕の心が通じたか、ダイゴは大きく僕に尻尾を振ってから姿を消した。