表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/65

裏方仕事

 この世は生まれてくるものより死者の数が多い時は、その多い死者の中から死ねない人間が多かった分だけ生まれてしまう。


「何ですか?それは?」


 若い作業員は、最近入ったばかりの中年の新人の言葉にくすりと笑った。


丹波たんばさんは変な本でも読まれたのですか?」


 一ヶ月前に中途採用で入社した丹波たんば和利かずとしは、目の前の若い先輩に相好を崩した。

 小泉こいずみ功治こうじは年若いが珍しく敬語も使える良い若者だ。

 中途採用の丹波に対しても敬語を使い、仕事の教え方も丁寧で押し付けがましくは無い。


「君になら世界の真実を教えてもいいのかな?」


「何ですか?真実って。」


 小泉は笑いながらも手を休めることは無く、次々と荷をより分けては台車に乗せていく。

 月末の三十日に豪華船上パーティがあり、彼らの所属する会社はその荷を会場に運び入れ、会場設営をする職務を帯びているのである。

 白波酒造のパーティであるが、会場の準備は子会社のイベント会社に全委託なのである。

 白波酒造は出来上がった会場に、さも自分達が用意した顔で、酒だけを持ち込んで客達を持て成すのだ。


 そして丹波達は今の所どころか一生唯の荷物運びであり、現実的に丹波が会場にまで入れない新人である事は確かだ。

 おそらく、会場設営には同じ会社の別の人間が携わる。

 小泉ならば会場に入れる人間を知っているはずだと、丹波は小泉の背中を眺めながら確信していた。


「僕達もパーティに参加したいよね。」


「そうですね。お金持ちっていいですよね。綺麗な服を着て、面白おかしく飲み食いして、こんな重たい荷物も持たなくていいのですから。」


「それでも、彼らは不老不死の法を持っていないからね。簡単に死んでしまう。」


 作業の手を止めた小泉は眉根を顰め、丹波が初めて見た表情を浮かべていた。

 それは、上司の顔だった。

 彼は丹波に友好的に振る舞い、その実その新人がどのような人間であるか観察していたのかと、丹波はその小泉の有能さに喜びを感じていた。


 これならば、自分がこれから成す事が確実に成就するだろうと。


 個性も大事だが、情報という知識と理知的な思考回路というものはできる限り多く手に入れるべきものだと、丹波は考えている。

 この考えているという現在の思考も、現在の外見を手に入れるまでに仕入れてきた知識によるものだと喜ばしく感じている上に、最大限に活用せねばと言う気持ちにもなっているのだ。


「小泉君、君に見せて君の意見を聞きたい事があるのだが、時間を貰えないだろうか。」


「まず、仕事をしてからですね。」


 彼は丹波に友好的に振舞う事を止めた様なそっけなさで、荷物を持ったまま後ろを向いた。

 丹波はその背に持っていたカッターナイフをズブリと差し込んだ。

 小泉は痛みと驚きで前のめりに跪き、驚いた顔で丹波を見返した。

 小泉の背からは血が溢れもせず、零れもしない。


「な、何を、僕に何を。」


 刺さったままのカッターナイフと丹波を交互に見比べ、ゆっくりと小泉は携帯電話を手にしようとした。


「動かないで。ナイフが動いたら即死の場所だからね。」


 ひゅうっと小泉は大きく息を吸い、丹波の言葉を完全に理解したという同意のように動きをピタリと留めた。

 だが、大きく見開いた目の中で目玉だけがぎょろりと丹波を見返し、さらに目玉が落ちんばかりに目を見開いた。


 彼が見返した丹波は先程までの丹波ではなかったのだ。


 彼が見返したそれは、小泉という自分の外見をした若い男である。

 丹波は小泉の顔で気さくそうに小泉に笑いかけた。


「素晴らしいだろう。これが不老不死。私は若く、君として生きる。そして君はね、可哀想に死んでしまって、いや、いや、浅ましくも死んでいないものに変わったね。」


 つかつかと哀れな青年のすぐ側まで歩いた化け物は、小泉だった青年の背中からすっとナイフを抜いた。

 既に死体となった青年から血が吹き出る事は無く、その遺体はゆっくりと前のめりに崩れた。


「生き返りたいならね、元気そうな人を殺しなさい。そうしてその肉を喰らうの。そうすれば君は数年は生き返っていられるよ。」


 そこで丹波だった小泉はふふふっと嬉しそうに笑った。


「凄いね、君。中学生をなぶり殺しにして、そ知らぬ顔で生きて来たんだ。大丈夫だね。僕の提案した事は確実に出来るね、良かったよ。それに、そう、ひどいなぁ、君。たった一人だけ罪を償っていた友人を切り捨てたんだ。でも、新しい僕がちゃんと親交を暖めてあげるから大丈夫。今日は飲み会かな。ふふふ、驚いた?僕は君自身を君以上に手に入れたのさ。凄いでしょう。君も挑戦したくない?上手くやれば大金持ちになれるよ。」


 崩れた青年は白塗りのお面のような顔となっており、お面のような顔の中でただ一つ精気を持って輝く双眸をぐりっと丹波だった化け物に動かした。

 今や小泉の外見を纏った若々しい丹波は、小泉では出来ないであろう優美なしぐさで身を屈めて、ピアスの痕が残る、そこだけは小泉のよすがともいえる耳たぶに唇を寄せた。


「最初のハントは大変だから手伝ってあげる。君は金持ちのパーティで、一番君好みの人間を殺すんだ。殺したら全部じゃなくて良いの。齧るのは肉の一欠けらでいいんだよ。」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ