双頭の大蛇につかまった王子様
雪の中で怪我した体を引き摺っていた俺を、支えてくれた男が声を上げた。
「俺達がちょうど空港から戻って来なければどうしてたの。こんな寒い所でぽつんとして。」
「何言ってんられ、往復四時間以上かけての空港行ったり来たりは俺一人で、お前はホテルでだらけていただけらねっかね。セスナで飛べば三十分なのにさ。」
「クミちゃんは今回俺の部下で副操縦士だろ。部下は上司の言う事だけ聞けさぁ。それに空港の用事は、君の本業の酒樽の積荷の確認がメインでしょうが。」
「和久君達をジェットに乗せる案内もしたねっかさ。新婚だからこそ自分が広告出したプライベートジェットと思ったのに、普通にファーストクラスで飛び立つとは思わなかったけどさ。」
「オコジョの一言。和君のキャラクター飛行機でタヒチに行ったら、和君のファンに囲まれるかもしれませんねって。」
「ひゃはは。あれはしばらく俺達だけで操縦したいもんな。」
「俺の飛行機でしょう。」
聞いた話によると、久美はパイロットになりたい夢を持っていたのだそうだ。
仲の良い従兄弟同士は航空免許を取る為にアメリカに渡り、一緒に勉強して一緒にパイロットになって戻ってきたが、片方は白波酒造の跡取りの御曹司だ。
由貴は久美のために唯のパイロット派遣会社でなく育成の方もやり、久美の航空免許を維持する手伝いをしているということだ。
「経営者にあいつの名前が無くてもね、共同経営みたいなものだよ。」
空港で百目鬼に語る由貴の言葉に俺は感激さえもした。
次のセリフを聞くまでは。
「赤字になりかけたらあいつを飛行機に乗せるの。いいカモだろ。」
そして、久美は由貴の事をこう評していた。
「俺の飛行機の管理人。乗りたい時に乗れるから楽しいんだれ。年間の飛行機の維持費を考えるとな、あいつに渡す金額はただ同然らっけさ。」
俺と同い年でありながら、彼らは凄いロクデナシな人間であるのだ。
「あぁ、ユキちゃんありがとう。もう放しても大丈夫だよ。」
自分を支えてくれる由貴に顔をむけると、なぜか由貴はぼっと顔を赤らめ、声をあげたのは久美の方であった。
「ヤベーれ。オコジョが惚れるだけあるわ。すげー美人。」
「クミちゃん?」
彼らは破壊的な振る舞いをするギャングだが、なぜか身内や親しい人間には「クミちゃん」「ユキちゃん」と女の子のように呼ばせている。
由貴の兄であるキャリアの佐藤麻友警視などは「まゆゆ」と呼ばれているというから驚きだ。
百目鬼に言わせれば「白波だから」ということらしい。
彼は最近、武本家に関しては「武本だから」、白波家には「白波だから」と悟り切ったように呟くようになった。
「淳はさ、体が大きくても可愛いよね。」
「咲ばあちゃんが王子様って連呼していたけどね、王子様って言うよかお姫様らよね。」
「ちょっと、何を!」
俺をそっちのけでギャングは失礼な物言いを始めたので、俺は彼ら振り払って武本譲の家に一人で向かおうと体に力を入れたが、長身のパイロット達には腕力があった。
「暴れんなや。黙って引きずられてれさ。お前さんは怪我人だろ。」
俺は物のように奴らに拘束されて引き摺られ、馬鹿にされ続ける身となった。
「この怒った顔も可愛いね。同い年なのにさ。早坂の爺ちゃん家で清々しい奴って思ったけどね。いいよね、こういう擦れていない奴って。オコジョって沙々姉の子だけあって、意外と計算高くて黒いものね。マヌケだけど。」
ワハハハと由貴の酷いセリフに大声で笑う久美に、俺は彼らと知り合った日の事を思い出した。
早坂の危篤の知らせに、怪我をした玄人を連れて早坂邸へ出向いた時だ。
早坂とは海運王の一人でもある早坂辰蔵であり、彼は白波家の子供達を丸ごと孫のように可愛がっている御仁である。
由貴が最近タダで手に入れ俺達を乗せてきたミニジェットは、早坂辰蔵が昔の長男嫁であった玄人の母の沙々の結婚に際してプライベートジェットを新しく購入したお下がりとして、由貴が早坂辰蔵から貰ったのだと聞いている。
ちなみに、沙々はアミーゴズの叔母に当たるが、「叔母さん」と呼びかけると殺されるので「姉さん」と彼等は呼んでいるのだそうだ。
アミーゴズを怯えさせる事のできる唯一の人間だと百目鬼も語っていた。
そして、なぜ沙々の再婚に早坂がそこまで祝うのかという理由は、沙々の結婚相手を彼が養子縁組して息子にしたからだ。
その養子にした息子の名は、加瀬聖輝。
人柄は良いが不幸まみれだった彼は、玄人の様に誰に対しても常におどおどとしていた。
そんな彼は俺のこの間までの同僚であり、玄人と反対の力を持つといわれていた男でもあったが、早坂の早世した息子の生まれ変わりでもあったため早坂の養子となり、現在は財閥の一員として豪遊しているそうなのだ。
あの人生の達人め。
「あれ、淳はオコジョを悪く言われても怒らないの?」
「俺は今日、思いっきり彼に置いてきぼりですからね。」
結婚式の最中は当たり前だが末席に放って置かれ、式後は俺の存在も忘れて百目鬼と二人仲良く連れ立って消えてしまったのだ。
ぽつんとした俺を哀れんだ可哀相好きの髙がドライブ観光と犬の様子見に誘ってくれなければ、俺は武本家の家の隅で本気で泣いていたかもしれない。
「うわ、やっぱり可愛いれ。何このいじましさ。」
「大丈夫だよ。新潟でも俺達が付いているからさ、心配するな。」
ずるずると大蛇の化身のような男達に引き摺られながら、俺は彼らから身内として認められて優しさを受けているのだろうと感じてはいたが、嬉しさよりも逃げ出したい気持ちが溢れ出てきたのはなぜだろうとも考えていた。