序章
ゲリラ戦はいかに少ない人数で敵に多大な被害を与えられるか、その結果に尽きるものである。
過去の戦績を思い出しながら、彼は書類束から幾つかの事案を取り出した。
まず、営利誘拐犯の共犯者。
「そろそろ保釈してあげるか。刑期が短縮すぎるけど、あまり、どころか一切騒がれなかった事件だし、いいよね。これは必ずなのでしょう?」
誰もいない資料室で彼は友人に語り掛けるように話し声を上げ、そして手に持ったファイルをぽんと机の上に放った。
ファイルが落ちた先には小型の銀色のトカゲがおり、それが潰されまいとひょいっと避けた。
次にリンチ殺害犯の三人。
「一人だけ成人だからっての刑務所暮らしは、一人で可哀相だから出してあげよう。後の二人は真面目に同じ会社に勤めているようだから、友人のよしみで同じ会社に彼も雇って貰えるかもしれないね。あるいは二人とも首になって三人仲良く職探しかな。近隣の皆様にも、戻ってきた友人のお陰で過去がばれちゃうから大変だ。更生したと思い込んでいてもね、被害者家族に何の賠償もしていなければ、反省などしていないとみていいよね。」
くすくす笑いながら先程のファイルに重なるように、手にあるファイルを今度もぽんっと投げた。
ぽすっとファイルが重なり、トカゲはぽすっときた空気に軽く転がった。
「次は、これもいいよね。これは一族全員いっちゃおうか。ろくな奴等じゃないものね。自分の失敗をよそ様の子に濡れ衣を着せて、それを謝るどころか、親戚一同で襲い掛かるなんて、信じられなーい。」
そのファイルは先程のファイルと違う左側に投げられた。
「これは。うーん悩むなぁ。それなりに罰は受けている気もするけど、うーん。被害者達の救済はまだってか、家族が崩壊した一家もあるし、傷跡を理由に自殺しちゃった子もいるからね。いいか。」
わざとらしく悩んだ振りをしながらも、決めていたように左側にポンっと投げる。
「これは見なくても考えなくても右だね。」
そして、同じようにぶつぶつと男は呟きながら、右へ左へとファイルを振り分けていく。
小一時間もかからずに手持ちのファイルが無くなると、男は選抜隊と書かれた封筒に右側の山のファイルを入れ、左側は普通の茶封筒に入れた。
「あぁ、いけない。動き出すためには動力が必要だ。」
男はクスクス笑いながら懐から写真を三枚取り出すと、胸ポケットに挿していたペンをすっと手に取った。
「きれいでしょう。この万年筆。子供からの贈り物なんだよ。」
トカゲに菖蒲の絵が描かれた金属の柄を見せびらかしてから、彼は裏にそれぞれ一文字の漢字を書き込んだ。
そして万年筆を大事そうに胸ポケットに戻し、写真を茶封筒に入れ込んでから完全に封をした。
「ああ、そうだ。これが何かわからないと皆様が混乱してしまうね。」
トカゲは男を見上げてニカっと笑ったような表情を作った。
すると、くすくす笑いながら男は鞄から油性ペンを取り出して、茶封筒の表面に一文字書き込んだ。
誰もいない資料室で、マジックのペン先の音が、キュッキュと嫌らしく鳴り響く。
男が満足そうに矯めつ眇めつ見る茶封筒に描かれた文字は、「餌」であった。