貴女の罪を告発します!と言われましたが、全く身に覚えがないのです。
「メアリー・ハイドランジア伯爵令嬢!貴女の罪を告発します!」
そう言って私の前に立ちはだかったのは私より格下の男爵家の令嬢、リリカ・アネモネ男爵令嬢だった。卒業パーティーという祝いの席で、罪などという全くおめでたくない単語が飛び出した。
そのせいで私とリリカは周りから注目を集めていた。あんな大声出していたら、当然注目を集めるのだが。
罪…と言われても全然身に覚えがない。全く身に覚えがない。
「あの、私は罪など犯していませんわ。私は何の罪を犯したのでしょうか。」
「まぁ!!自覚がないですって!?」
やや大袈裟なリアクションに演技ではないか?と思ってしまった。
「私の事を虐めたではありませんか!」
リリカの発言に周りはザワザワし出した。よく耳を澄ませば、ハイドランジア伯爵令嬢がそんなことするはずないと言ってくれている人ばかりで安心した。
「虐めておりませんし、私達今日初めてまともにお話ししましたよね?」
顔と名前は知っているが話したことなどなかった。だから虐める理由も無い。そう言って納得して貰おうと思った。
「それですよ!私を無視したじゃ無いですか。」
それを聴いて周りの生徒は白い目でリリカを見る。この人は貴族のルールを知らないのだろうか。
上の位の人に話しかけるなど、無礼になるというのに。
そりゃあ無視されてしかたが無いわ…。といじめられていたというリリカに同情していた数少ない人達も呆れたように言い放つ。
「ハイドランジア伯爵令嬢のような冷酷な人が婚約者など、ウィル様も可哀想!!」
そこで唐突にリリカは私の婚約者である、ウィル・グラジオラス侯爵令息の名前を出した。
(なんでウィルが?)
家同士の決めた婚約。しかし愛がない訳ではなかった。
ウィルと婚約が決まったのはつい最近の16歳。しかしウィルとは5歳の時から知っていた。私達の婚約は生まれた時から決まっていたらしいが私達の初対面はいい友人として出会った。
政治的感覚を身につけ、自分の立場を理解する前に私もウィルも出会った。だから私とウィルは純粋な絆で結ばれていた。
その間にあるのは恋人としての愛ではなく、友人としての愛だが全く心が通っていないよりはマシだった。
友人同士ということもあり、のちに好きな人ができたら恋を優先しよう。その時は婚約を解消してもらって構わないという取り決めだった。
「ウィル様には私のような心優しい者がぴったりです!」
今、私を嘘の罪で陥れようとしているというのに心優しいとか言っちゃうんだ。
しかしリリカの発言で二人が恋仲なのでは…という疑惑が生まれた。たしかに二人が一緒にいるという噂は聞いたことがある。
どうせ形だけの婚約で、恋を優先するという取り決めもしたしただの友人である私が口出しする事ではないと見て見ぬ振りをしていた。
その時はずっと心が締め付けられているようだった。ずっと婚約者である友人として過ごして来たのに友人としての情は友人以上になってしまっていた。
(私、いつのまにかウィルの事好きだったんだ。)
しかし目の前にいるリリカは正真正銘ウィルと心が通じ合っている。きっとウィルは恋を優先し婚約は解消されるだろう。いや…私が同意しなかったら無理矢理破棄されるのかもしれない。
そしたらどれだけ惨めなことか。私は素直に婚約の解消に同意できる自信がない。友人として二人を応援できるかわからない。
素直に二人を祝福できるだろうか。
ウィルは大切な人だからウィルの幸せは私も嬉しい。でも、私の幸せとウィルの幸せが同じじゃないのが悔しい。
ウィルの幸せが目の前にいるリリカだと思うと尚更だ。
でもリリカはさっきの貴族としてのルールが欠落しているとことにさえ目を瞑ればお似合いの人かもしれない。
ウィルは学園内では今一番位の高い男子生徒である。
ウィルより上の公爵家の令息、王族の令息は全員学園を卒業しているか、まだ学園に就学していないのである。
狙うならウィル…と思えてしまった。リリカが狙ってウィルと恋人になったかは知らないが。彼女ならやりそうだと思う。
天真爛漫で肩までの黒髪と宝石のような赤い目。黒髪赤目と…キツい印象を受けそうだが、それを無くすほどの愛らしい童顔と大きい目。
外見だけはミステリアスな感じだが、可愛らしい少女だ。水色の髪にスモーキーブルーの目であるウィルと並んで美男美女カップルと言われている様子が容易に想像ができる。
それに比べて私はクリームホワイトの髪にウォームグレーの目、成績が少しいいだけでそのほか目立ったものはないつまらない女。
確かにつまらない私と長くいたのだから天真爛漫なリリカを見て新鮮と感じ、好きになるのかも知れない。
「ハイドランジア伯爵令嬢、私とウィル様の為に婚約を破棄してください。」
ウィルの為…と言われて仕舞えば、そうせざるをえない。もう、こんな苦しい思いをするのはやめよう。ウィルとリリカのことを考え心を痛めるのをこれから先もずっと続けるのなら、自分から断ち切ってしまおう。
ウィル以外に結婚したいなんて人居ないから、修道女にでもなれば結婚しなくて済む。それに、婚期を逃して親や周りにアレコレ言われずに済む。ウィルでないならその代用品はいらない。
「………は…ぃ。」
消え入るような声は誰にも聞こえなかった。
「ハイドランジア伯爵令嬢、さぁ婚約破棄の宣言してください。」
あぁ…溜まっていた涙が溢れそう。泣き顔なんて誰にも見られたくなくて、私は顔を伏せた。
その時、パーティー会場の扉が開いた。
「メアリー!!」
名前を呼ばれて私は顔を上げた。周りの視線が私やリリカから声の人物へと変わっていたので私が泣いていることは気づかれなかった。多分。
「……ウィル?」
ウィルの登場により、涙は引っ込むどころか逆に溢れ出した。ウィルが来てくれて本当に安心した。のも束の間、私は現実に引き戻される。
(ウィルは私のために来た訳じゃない。)
ウィルは私のために来てくれたのではなく、リリカと一緒になる為婚約解消を申し出に来たのだろう。先程名前を呼んだのもそのためだ。
今、パーティー会場は私とリリカが少し距離を開けて向かい合いそれを他の生徒達が囲んで見ている状態だった。ウィルはそれを見て顔をしかめる。
ウィルはズカズカと歩みを進める。周りで見ていた生徒達はウィルの為に道を開けた。
「ウィル様、なぜここに!?」
猫撫で声になったリリカがウィルに問いかける。
「僕も卒業するのだからパーティーに参加してもいいだろう?」
「えっ?はい、もちろんです!」
ウィルは用事で卒業パーティーに遅れて来たのだ。
「で、どういう状況なのかな?」
ウィルは私とリリカの間に入った。間に入る…と言っても私よりだった。ウィルは私が泣いているのに気づくと私を背中で隠し、泣いているのを気づかれないようにしてくれた。そうだと信じたい。
「ハイドランジア伯爵令嬢に罪を認め、償って欲しいのです。このままではハイドランジア伯爵令嬢の人生が歪んでしまいますわ。」
「メアリーの…罪?」
ウィルがまた顔をしかめてリリカを問い詰める。あれ、二人は恋人同士であるはずなのにウィルのリリカに対する当たりが強い気がする。
「はい。私の存在を認識せず、無視したのです。ひどいですよね!!」
また周りはリリカを白い目でみる。呆れ返って声も出なかった。
しかし、ウィルはリリカを擁護するんだろうな…と思うと悲しくなって来た。
「貴族のルール…知らないの?」
ウィルから出た言葉は予想以上に冷たかった。
「下の者が軽々しく上の者に声をかけるのはルールに反する。」
「えっ…。」
リリカはウィルからの冷たい言葉に固まっていた。私もこんなウィルは初めて見た。
「ほっ…他にも罪はあるんです!」
リリカは慌てて、まだ罪があるという。
「私の私物を隠し、足をつまづかせて階段から転げ落とそうともしました。あとそれから……。」
リリカの言っている私の罪とは私を知っている人ならすぐに嘘とわかるものばかりだった。
「メアリーがそんなことするはずないだろう。彼女はずっと他の友人たちと行動していたのだから。」
「そっ…それはその友人と一緒になって…。」
「それならメアリー一人を責めるのは間違いではないか?そのいじめに加担した友人全員を責めるべきだろう。」
リリカは焦っているのがわかる。さっきまで私一人という体で話していたのだから急に現れた友人の存在に驚きを隠せていなかった。
リリカを虐めたことなんてないのだから彼女が私の交友関係を把握しているはずないだろう。
「でっ…ですがメアリー様一人の時に虐めて…。」
「さっきはメアリーと友人達が虐めたと言ったのに?」
さっきから違和感を感じるのだが二人は恋人同士なのよね?どうもウィルがよそよそしい感じがする。
「じゃあ、メアリーが一人の時に虐められたってこと?」
「はい、そうです。メアリー様が友人といない時に…。」
「つまり、放課後?」
リリカの顔がパァっと明るくなる。
「そうです。放課後です!」
「嘘だね。」
ウィルの冷たい声がリリカを貫いた。もうこの辺りになってくると周りの生徒は笑いを堪えているのに必死だった。
「メアリーは放課後には孤児院の様子を見に行って手伝ったり、貧民街で子供たちに読み書きを教えているんだ。そんな時に虐めると思う?というか何でそこに君がいるのかが疑問なんだけど。」
何でウィルが私がこっそり行っていることを知っているのかわからないがリリカの顔は真っ青になっていた。
「あ…えと…あっ……。」
リリカはガタガタと震え、逃げ出そうと走り出したがここは卒業パーティーで数多くの生徒がいる。そう簡単に逃れられないと思った矢先、自分のドレスに足を滑らせ盛大に転けていた。そこを他の生徒達に取り押さえられる。
「ハイドランジア伯爵令嬢を陥れようとした罪、しっかり償ってもらうからね。」
ウィルから今日一番の冷たい声が放たれた。リリカはそのまま生徒からパーティー会場を警備していた兵士に引き渡され、連行されて行った。
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パーティーはお開きになり、また改めて卒業パーティーはやり直すそうだ。
私はあのパーティーの日からずっと気になっていたが聴けずじまいだったことを今婚約者になってから週に一回必ずあるウィルとのお茶の時に聞くことにした。
「ウィルってアネモネ男爵令嬢と恋仲(または恋人同士)だったんじゃないの?」
ウィルは紅茶を吹き出しそうになるが、手で口元を押さえなんとか飲み込む。
「何でそんなことに!?」
その反応を見て私は心の中で密かに安堵した。これでまた私とウィルは婚約者を続けられる…と。
「ウィルとアネモネ男爵令嬢が一緒にいるって言う噂を聞いたから。」
「あぁ…あれ、付き纏われて迷惑してたんだよ。しかも自分達は恋人同士だって勘違いしていて。」
「そうだったのね…。」
リリカは私を貶めようとした罪で前科がついた。アネモネ男爵家から勘当はされなかったらしいが肩身の狭い思いをしているらしい。
そりゃあ、学園を卒業し成人年齢を迎えており本来なら私への慰謝料を自分で払わなければいけないところを親に肩代わりしてもらっているのだから当然か。
慰謝料のせいでアネモネ男爵家は苦しいらしいし。
「メアリー、僕は君が好きなんだ。」
急な告白に私は固まった。どう反応したらいいのかわからなかった。私も、私も好き…そう言いたかったが口はパクパクするだけだ。
「卒業パーティーに遅れたのも卒業後結婚したいのをハイドランジア夫妻に了承を貰いに行ったからなんだ。メアリーの意見を尊重せずに…ごめん。でも今まで婚約解消を持ちかけなかったから婚約者を続けてもいいってことなんだよね?」
「あ…ぅ…私も……。」
やっと私もと言えた。ウィルは真剣な表情から途端に笑顔になった。同時に私も顔が真っ赤になる。
二人とも婚約者として過ごすうちに友人からそれ以上の特別な存在になっていたようだった。
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後に二人は結婚し、幸せな家庭を築いたという。しかしウィルがリリカに対するような冷たい言葉を発したことは二度となかった。
リリカの虐めを嘘だと言い切った時、私が何故放課後に孤児院の手伝いや貧民街で授業をしているのを知っているのかと問い詰めたことがあるのだが、ウィルははぐらかしたり回答を濁すばかりで、時間と共に別に気にならなくなってしまった。
ウィルはメアリーのことが気になって気になって密かに目で追うのを通り越して、普通に追ってしまってメアリーが孤児院の手伝いなどをしていることを知ってしまった事は墓場まで持っていったのだった。