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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

誰だって未来シリーズ

誰だって、未来なんて選べないんだから逆らわずに流されようと思う

作者: シソク

古代ローマ時代を舞台に、

皇帝の弟と、1漁師の娘からからローマ1の巫女と呼ばれるまでにのし上がった2人の悲恋モノです。

皇帝の弟、ルキシス目線です。

両思いなのですが、ルキシスは彼女に思われていることを知りません。

恋するオトコと、

未来を見れるが故に苦しんでいた彼女との話をお楽しみ頂ければ幸いです。


アイリス大賞5に応募させて頂きました。

挿絵(By みてみん)

「皇子のおなりー!」


石畳で出来た広い道でさえ、

狭く見えてしまうほどの立派なチャリオットは前後を騎馬隊で守られ厳かに入門した。


ここは海沿いに立てられた

海皇ネプトゥーヌスを奉る神殿


毎年嵐がくるシーズンの前に

神に祈り奉納と生贄を捧げる儀式が行われる。


今日はその儀式の執り行いを

見守る為に

兄の皇帝の名代として来た。


...本当は、来たくて来たくて

無理やり兄から役目をもぎ取ったのですが。


とはいえ、海皇神に深い信仰心がある訳では無い。


ネプトゥーヌス。

別名をネプチューン。

ギリシアでは

ポセイドンとも呼ばれる

三大神ではあるが。

海の神のわりには

馬の神であるとか、

我がローマは神というものに節操がない。

要するに、ありがたいものならなんでも構わないのだ。


だから兄上も

この役目をその辺の誰かにポイッと丸投げする所だったのを、無理やり私が引き受けてきたのだった。


理由は1つ。


ここに会いたい人がいる。


待っていても、来週には

婚姻関係を結ぶのだが。


1分でも1秒でも

早く。そしてながく。

彼女と居たいのだと言ったら

兄上に笑われた。




入門してから護衛の騎馬隊と離れ

私の乗るチャリオットだけが

神殿前に乗り付けた。


出迎えの司祭や巫女たちが

ズラリと並び、頭を垂れていた


「これはこれは皇子

ようこそ神殿におこしいただきました」


と初老の男がニヤニヤと嫌な笑いを浮かべて近寄ってきた。

恐らくここの司祭長なのであろうその男は、

私の金に輝く髪を珍しげにチラチラと覗き見、

また嫌な笑い方をした。


皇帝の弟とは名ばかりで、

出自の分からない異国の女の腹から生まれた私を蔑んでいるのであろう。


嫡子は兄の長子ともう決まっている。

私はただの代理で、

お飾りの名代なのは

誰もが知っていることだ。


だがしかし、

私も腐っても皇帝の名代。

いち神殿の司祭ごときに

舐められるわけにはいかない。


チャリオットの上から

冷酷な眼差しで見下しながら

威圧感たっぷりに、声を発した。


「出迎えご苦労。司祭長」


司祭長はビクッと一瞬ひきつり、

深々と頭を下げた。


軽く見下すつもりで見たのだか、

醜いニヤつきに腹をたててしまったのか、

戦場でトドメを刺す直前の敵を見るような目線になっていた。

獲物を捉える時のソレは部下たちからみても冷酷で寒気がする程だという。


私自身は極めて熱くなっているのだが、

他人からの見た目というのは

本人の意思など何処吹く風。

そう見えてしまうものは仕方ない。

むしろ、敵からもそう見えるようで、

早々と戦意喪失してくれるのは

有難いことこの上ない。

そんな私についたあだ名は

『 冷酷の微笑 黄金皇子 』

初めて聞いた時には

ナニソレって思ったよ


そんなことを思い出しながら、

フッと冷笑を浮かべた。


こんな醜い司祭長と無駄なやり取りに

時間を割きたくない。


今日は神殿儀式。

めでたい席。

兄上にワガママ言って

この役目をもぎ取ったのは

こんなことのためじゃない。


ふと周りを見れば、

門の外には我が騎馬隊が

打ち合わせ通りな配列で

もう警備についていた。


私がここでウダウダやっていたら、

異変と勘違いをして

なだれ込んでしまうかもしれない。

そうしたら、儀式は中止になるかもしれない。


それは困る。


今日をどれだけ楽しみにしていたか。


私はチャリオットから

ふわっと飛び降りた。


「護衛は最少で構わない!

なるべく儀式の妨げにならないよう、

静かに待機!」


それだけ告げて、

神殿への階段を登り始めた


先程からあちこちから聞こえてくる

黄色い悲鳴にも静かにしろって

言ってやりたいのを我慢して。


経験上、

下手に声をかけると、

黄色い声はより大きくなる。

だからスルーしなければならない。

儀式の邪魔だけは

本当にやめて欲しいから。


それより、

どこからあんな声がでるのだか。

断末魔より耳が痛いその声に

うんざりするのは毎度のことだけど。


自然と早歩きになる。

嫌さ加減に眉間に皺が寄る。


側近も近衛も

少し距離が離れてしまった。


でも待つわけにもいかない。


臣下のために歩みを遅らせたと兄上にバレたら

あのものたちが叱りを受けてしまう。


だから私は1人先に

設けられた席へと進んで言った。


「これはこれは弟殿下様!

ご無沙汰でございますなぁ」


ニコニコとしながら

ゆっくりと腰をあげ、

こちらに両手を広げる

白髪の老人


「ヌメリウス神殿長!

ご無沙汰しています」


私も白髪の老人に手を広げ

しっかりと抱き合った。


「おぉ、おお!

すっかりと大きくなられて。」


「前回お会いした時から、

そんなに変わりませんよ」


苦笑いを浮かべて神殿長から離れる。


「いやいや、前はこーんなに小さくあられて」


と、腰の高さあたりで手をひらひらさせた。

さすがにそれは、ない。


「それにしても、殿下おひとりでここまで?」


「えぇ、まぁ...」


ここは勝手知ったる

ネプトゥーヌス神殿。


どこに何があって、

どんな作りになっていて、

祭事の際にはどんなふうに

席を設けるかなんて

小さい頃から探検し尽くしてる。

2人であちこち隠れながら。

なんて楽しかった思い出が

よみがえる。


「おぉ、幸せそうな笑顔も

あのころのままですなぁ」


と神殿長もニコニコと微笑まれた。


先程までの眉間の皺はどこへやら。

いつの間にか笑顔になっている

自分に驚く。


まったく...

彼女は、思い出ですら

私を幸せにしてくれるんだから。


とまた口元が緩むのを感じた。


「皇子!

また1人でお先に行かれるとは...」


ゼェゼェと息の切れた老文官は

私の側近たちの肩を借りて階段を登ってきたらしい。


体力不足はそちらの都合だろうと、

またイラつきを覚えながらも、

このめでたいはずの儀式の邪魔をしたくなく、

私は文官からの小言を聞き流した。






私の兄の為に用意された

儀式を見守るためのこの席に

着席した名代の私。


席に着くと同時に

神殿長と神官長によって

儀式ははじめられた。


流れてくる音楽に

まい散らす花びら。


その様子を

肩肘をついて見守っているだけの私。



空を見上げても

雲一つない青空。


そして波一つ立たない

青い海。


(退屈だ)


見ても見ても何一つ変わらない景色に

若干憂鬱になる。


そう、めでたいのは

儀式ではない。


今日の儀式を境に

このローマ1の巫女が代替わりするからだ。


暫定1位の巫女が引退し

次の巫女がローマ1の巫女となる。


そのことが、

このつまらない儀式を

私の人生1めでたいものへと昇格させている。


なぜならば。

その引退する巫女こそが、

私の長年の想い人であるからで。


そんなことを考えていると、

先程までの退屈感は消え

ソワソワしてくるから不思議だ。


なんならここから抜け出して

探しに行きたい衝動に駆られる。


でも、それで万が一儀式がとりやめになり

引退も延期。

なんてことになったら

より困るから。


ぐぐぐっと我慢をして

また天を仰ぐ。


あたりを見回しても

視界に入ってこない

あのコ。


この同じ空の下にいるはずなのに。

会いたくて逢いたくて堪らないのに。


この椅子に縛りつけられた

この身を憎く感じつつ。


それでもこの儀式が終わったら...

と同じ思考を5回ほど繰り返したころ


神殿長が僕の傍にきた。


「しかし、本当に大きくなられて...」


それは先程も聞きました。

流石の神官長も少しボケが来たのかと

少し心配していると


「あのころから仲睦まじいおふたりでしたが、

まさか本当にめおととなられるとは...」


と神殿長は涙を拭った。


「ブッ」


急に振られた話題に

激しく動揺したあまり吹き出してしまった


「まぁ、あの頃からその...」


と、歯切れの悪い言葉で返事をしようとするも全然聞いてない神殿長


「しかし、ローマ1の実力者である

巫女を嫁にと求められた時には

肝が冷えたものです」


「ゴホゴホっ」


またも揺さぶられた平常心で

思わずむせる。


「それは、そのー...」


言われてみれば、

確かに神殿側から見れば

神の啓示をうけて高い正答率を誇る彼女を失うのは大きな痛手なのだろう。


「〜〜...それは〜...」


小さい頃に私たち2人に

良くしてくれたこの人に迷惑をかけてしまったと思うと、申し訳なく感じる。


今は立場うんぬんより、

出来れば一言お詫びしたい


「それは...もうしわけ...」


「ですがこのヌメリウスは感動致しましたのです!」


「なかっ...

えぇ!?」


神殿長は年甲斐もなく

目をキラキラさせた。


「実力No.1の巫女と

今をときめく黄金皇子

2人を幼い頃から見守らせて頂いていたこのワタクシには、まるで今回の〜」


これは、話が長くなるパターンだ。

まったく年寄りは話が長くて好きじゃない。


と、本来なら一刀するところだけれど

あまりに嬉しそうに話しているその話題は

それこそ僕達の軌跡で。


私はまた肩肘をついて

神殿長の話を聞く体制に入った


「ですので、今回の巫女降板にも

このヌメリウスめが先陣をきって周りを説き伏せたのです!」


ズルっ


肘も顔も椅子からもずり落ちた。


「ヌメリウスよ、いまなんと?」


「ええ、ですから。

身分も立場も家柄も違うおふたりの

キューピットとなるべくこのヌメリウスが!」


「わかった。」


なるほど納得した。


本来なら、これ程早急に認められるわけのない巫女交代。

そもそもウェスタ神殿に使える彼女には引退なんてありえない事だ。

かつ、皇帝親族への輿入れ。


皇帝一族へはともかく、

神殿教会側からの支援がなければ

私は彼女を身請けできるはずがない。

少し考えれば、分かることだ。


それをしてくれていた恩人が

ここにいた。


「なんと...

そうとは知らずに...

なんとお礼をしたらいいのか」


立ち上がろうとする私を

神殿長はそっと制止する。


「お礼など...

年老いたこの老人に

一時の夢を与えてくれたのですから...」


と言う神殿長

の眼差しは

どこか遠い過去を思い描いているようだった。


深くは聞かないけれど

(長くなりそうだし)

本当にありがたい。


「ありがとう...」


その思いは自然と口から漏れていた。


「いえ...」


優しく微笑む神殿長。


「さぁ、もうすぐ儀式は終わります

プリューラも貴方様のお迎えを

今か今かと待っていることでしょう」


そう言われ、私を待つ

あのコを想像して

一気に熱くなる私がいる。


あのコの笑顔を思い出して

胸がキュッと苦しくもなる。


今回の巫女降板と皇帝一族への輿入れは

私の一存で決めたこと。

あのコの意識は一切反映されていない。

もちろん拒否する権利すらないのだが。


私自身はこんなにも

あのコが好きで好きで堪らない。


だか、あのコは私をどう思っているか

本当は知らない。


『 好き 』だなんて

1度も言われたこともない。


チャンスがあり、2人きりになり

そういう雰囲気になったときでさえ

のらりくらりりとかわされてきた。


今回のこの結婚を

彼女はただただ断ることも出来ずに

受け入れたのか


それとも、少しは喜んで...?


不安な顔になったのか、

神殿長はまたニコリと笑って


「プリューラも、殿下を思っておりますよ」


と優しく微笑んだ。


「そ、そうか」


ドキッとする。

プリューラというのが

彼女の呼び名だ。

不思議なことに、

女性には、個人名をつけることはない。

父親の名前、もしくはうじ名を

女性系に変えて呼ばれるのだ。


だから私は『 プリューラ 』

という呼び方が好きじゃない。


私のあのコなのに、

父親の女。

と、言われているようで

嫌なのだ。


と、心で不貞腐れつつも

パアァっと笑顔になる私に


「殿下は昔から

プリューラのこととなると

素直ですな」


と笑われた。


キョトンとする私を後目に

優しい笑みを向けてくる。

先程の嫌らしい神官長の笑いとは

全く違った微笑み。


いつもあのコが絡むと

私の世界は優しいものとなる。


(プリューラも殿下を)


「(思っていますよ、か。)」


先程の言葉を反芻し

にやけかけた口元を手で隠すように

下を向いた。


退屈だったさっきまでの時間が

今はしあわせいっぱいで。


私も神に感謝と祈りを捧げることにした。


祈りの内容はただ1つ。


「この儀式よ、早く終われ」













悠久と思えるほどの時間が経ったように感じた。

実際にはほんの一刻ほどとは思えない時間だった。


儀式から解放され、

神官長長以下巫女たちからの挨拶もうけ

やっと解放される時がきた。


「さぁ、殿下、

プリューラはあちらでお待ちですぞ」


と右手で神殿の外をしめした。


その方向を1度見、

神殿長に目線を戻す。


「ありがとう。

世話になりました」


それだけ言うと、

駆け出すように先程の方向にむかった。


強い光の射すその方向は

美しい芝と、空と青い海との境界にみえる

水平線までが美しく見えるその空間に

立派な大樹に育った1本のオリーブの木。

そして、

その木が影を作った空間に用意された

東屋のような空間に

彼女が1人、佇んでいるのを確認した。


風が彼女の美しい黒髪を

イタズラするかのように

ふわりと揺らす。


でも彼女は

なびく髪を気にする様子もない。


なんて平和な空間なんだろう。


まるで時が止まったかのように

そこに佇む彼女の姿をみているだけで、

どうして私は目頭が熱くなるのだろう。


『 カエリタイ 』


『 彼女ノ胸ニ還リタイ 』


口にも頭にも思っていない言葉が

何故か全身から湧き上がって

止めようもない。


私がどこまで彼女を愛したら、

彼女も私を愛してくれるのか。


あの平和な一時の彼女の空間に

異物である私がはいって許されるのか。


未だかつて、

これほどまて臆病になった自分を、私は知らない。


立ち止まっている間に、

後ろから来た護衛たちにに追いつかれてしまった。


「殿下、お待たせ致しました」


「ご苦労」


「はっ!」


「あくまでも、彼女に威圧感を感じさせないよう。護衛は最少最低限でかまわない」


「はっ!」


「それと、距離も保つよう。

危険なんてないのだから。」


「...しかしそれでは万が一が」


「万に1つなんてない。

仮に起こったとしても、

お前たちを信用している。」


「閣下!かしこまりました!」


ちょっと、適当言ってしまったが

この側近と護衛たちは

古くから戦場を共にしてきた

古参ばかりだ。

本当に信頼している。


だがしかし、邪魔だと思ってしまう

こちらの気持ちも察して欲しい。


好きな女の子の姿を見ただけで

涙が出てしまうのだ。


そんな格好の悪い上司の姿を

誰が見たいと思うのか。


これは逆に、彼らに対する優しさでもある。

ということでどうだろうか。


「それと、お茶や軽食などの気遣いも

不要だ

神殿がわがこちらに干渉しようとするなら

神殿長以外は全て断れ。」


「はっ!」


「では、行くぞ。

無用な音も立てるな」


「はっ!」


「声が大きい!」


「(はっ!)」


そう。あの様子では、

きっと彼女はいつものトリップを

楽しんでいるのだから。

絶対邪魔はさせない。


トリップからかえってきた

無防備な彼女を迎えるのは

いつだって自分でいたいから。


そう思いながら、

静かに、ゆっくりと歩をすすめる。


1歩、1歩と進むたび、

高鳴る心臓が。

紅潮する頬が。

ニヤけてしまう口元が。

釘付けになるこの瞳が。

抱きしめたくて熱くなる指先が。


全身で彼女を愛していると叫んでいるようだ。



人は恋に溺れると言う。


私は、僕は今、

溺れているのだろうか。


そんなことは無い。


宮殿での冷遇だって、

人民たちの嘲笑だって

戦場での四面楚歌だって

あなたを思えばいつだって

幸せに戻れた。


人は恋に溺れると言う。

でも僕はこの愛に救われてる。


溺れるよりも

むしろ浮き輪。


なんてクスリと笑ったら

少しだけ緊張がとけた。


もう、彼女の目の前まできてしまったのにかける言葉が思いつかない。


この求婚が、彼女にとって

迷惑だったとしても。


必ず最後には幸せにするから。

僕と同じ時間を歩んで欲しい。


それは僕だけのエゴ。

僕の独りよがりな幸せかもしれない。


でも許してね。


必ずあなたを幸せにするから。


決意がようやくかたまって、

彼女に声をかけるタイミングをはかっていた。


それまで閉じていた彼女の瞼が

すうっと開いた。


私はすぐそばにいた護衛に

手のひらでピッピと追い払う仕草を出した。


察した護衛たちは

そっと距離をとってくれた。


開かれた眼差しは

どこまでも黒く、だか、優しい月明かりを内包しているかのような暖かい瞳は

まだどこか遠くを見ているようで、

少し嫉妬する。

なぜその瞳には

僕だけをうつしてくれないのだろうと。

心が狭いオトコは嫌われるるしいから、

決して口には出せないけど。




「今年も豊漁ね...」


急に彼女が声を発した。

未来予知の能力は現役引退をしたこの瞬間にもまだ健在のようだ。

だからこそ、兄皇帝を説得し妻に召抱えられることが出来たのだけれど。


「さすがは元NO.1巫女ですね」


嫉妬を引きづったままで、

先程No.1を譲ったばかりの彼女に

つい嫌味っぽく言ってしまった。


「これはこれは弟殿下」


私の存在に気がつくと、

彼女はスっと椅子から立ち上がり、

左手でドレープのたっぷり入った

スカートをふわりと持ち上げ、

ひざまつき、

右手を胸元にあて、

こうべを垂れた。


「またそのような

他人行儀の挨拶を...」


僕の嫌味を察してか、

彼女はいつものような笑顔を

僕に向けることなく

流れるように跪く仕草をした。


それよりも、怒っているのかもしれないと

急に不安になる。


彼女の知らないところで、

勝手に巫女業を引退させ、

僕の四面楚歌の世界に

引きずり込んだことを。


でも僕も、あなた無しではいられないから...


苦笑いをしながら

僕は彼女に右手を差し出した。


「さぁ、おもてをあげてください

わたしの愛しい姫巫女どの」


今日は、今日こそは、

思いの丈をぶつけよう。


彼女の意識なく決まった婚姻を

改めて彼女に申し込みなおそう。


決意をあらたに、

僕は彼女の機嫌を伺うかのように、

顔を覗き込んだ。


「?」


またトリップしようとしてるのかな?

彼女はボーッと僕をみていたが、

はっと我にかえったようだった。


「かしこまりました」


彼女は僕に左手を預け

すっと立ち上がった。


けれど僕はまだ跪いたまま。


「殿下?」


彼女の首を傾げる仕草。

可愛い声。

全てが僕の本能をくすぐる。


この、預けられた左手も。

僕の手に繋がって

僕の手が、より熱くなる。


誰かが、恋するということは

奴隷になるということだ。

といった。


そうかもしれない。

今まさに、僕はこの本能に逆らうことすら

思いつかない。


そして、彼女の手の甲に

自然と口を近付けて

そっと手の甲にキスをした


「殿下!」


驚いてボッと赤くなる彼女。

なにその反応、

すっごく可愛い。


手の甲キスなんて、

今まで何回もしてきたのに。


なにか言いたげな彼女をよそに

止まらない本能と欲望を

必死で抑えた。


いつもなら、サッと手を引っ込めるのに

今日はまだ手を預けてくれているから。


手をそっとひっくり返し、

今度は手のひらに

軽くキス。


柔らかい...

暖かい

彼女の手のひらと指。


舐めたら変態だ、さすがに我慢〜っ


「...殿下!」


ぼーっとする頭で、

彼女を見上げれば。

耳まで真っ赤に染まってて。


(嫌がられて、ない...?)


とうより、受け入れられてる?


ますます頭に血が上る。

全身が、熱い。


君が、僕のそばに

存在してくれて、肌に触れられて。


いつまでも

取り上げられない彼女の手を

このまま調子にのっても許されるだろうかと、

試すように火照った僕の頬に当ててみる。

彼女の手は暖かくとも、熱い僕の頬には気持ちよく感じる。


ねぇ、気がついてよ。

僕がどれだけあなたを思ってきてるか

どれだけあなたを欲してるか

本当は

知ってるんでしょ?


モノを乞うように。

縋るように。

ギリギリ保った理性で

この熱い欲情を抑えて

彼女に視線をおくった。


ねぇ、知ってるんでしょ?

手の甲のキスは敬愛を。

ひらにするキスは

本気の求愛を。


知らないわけがないよね?

だから早く受けとめてよ。


って僕の想いはイマイチ届かず

真っ赤っかになりながら

頭から湯気を出し始めた彼女。


こーゆー鈍感なところも好きなんだけどねと

心で涙をながしながら。

この想いを伝えるのはまたあとで。

今は焦る必要は、ないと思い返した。


「殿下など...

他人行儀な呼び方をなさるからです」


と話題を変えてみた。

これなら彼女にも受け取り安いはず。

って自分を言い聞かせながら

でも若干不貞腐れながら。


そう。

僕たちは

立場も身分も生まれた地も違いながら

幼い頃からの顔馴染み。


幼馴染みというほど

一緒には育っていないのだけれど、

各地や要所要所で出会う


むしろ腐れ縁の2人。


会う度に心惹かれ続けたんだ。

どの思い出に浸っても

楽しくて、幸せな日々しかない。


でも今日は、

彼女を迎えるめでたい日。


このまま、ちゃんと

自分の口で、言葉で

プロポーズしておきたい。


ふと横に目をやれば、

目線に困ったような従者たち。


そしてキャーキャー小声で騒ぐ

神殿に仕える下級巫女たち。


ちっ

今いい所なのに

小煩い。


もう少し下がらせておけばよかった


「かしこまりましたわ。

お名前でお呼びすれば

よろしいのでしょう!」


恥ずかしそうにそっぽをむく彼女。


「ええ」


にっこりと笑う僕。

夫婦は名前で呼びあってこそでしょう。

頬に預かっていた彼女の手を、

またそっと優しくつつみ直す。

期待に胸を膨らませて。


彼女はすうっと深呼吸して


「...ルキウス殿下。」


「...」


違うっ。

思わずぶーたれる。


「ルキウス様。」


「はい。」


様も出来ればいらないんですが。

でも久しぶりに名前で呼ばれて、

頬が緩む緩む。

ニヤニヤがとまりません。


プロポーズするのをすっかり忘れて

嬉しさのあまり、

思わず立ち上がって

彼女のおデコにキスをした


「今日もとてもお美しいですよ

わたしだけの愛しい巫女姫。」


まわりに人がいなければ

こんな堅苦し口調で喋らずとも済むものを。


でも、照れまくる彼女が

可愛くて可愛くて、

愛おしくて。


結婚するんだ。

という思いが

込み上げる。


でも、彼女の本心は

どれだけみつめようとも

彼女の表情からは読み取れず。

また少し不安になる。


ならば遠回しに聞いてみようと思い立った。


「そこでは日に当たってしまいますよ

花嫁が式の前に日焼けしてしまっては大変だ。

さぁ、座りましょう?」


『 花嫁 』

を強調して言ってみた。

僕の方が照れる


「ありがとう存じます」


と、彼女は素直に応じた。


(あれ、やっぱり嫌がってない?)


それだけでも嬉しくて、

彼女の手を引き、椅子を引き、

座らせて、自分も彼女の隣に腰掛けた。


いままで、こんな従順な彼女がいただろうか。

いや、居ない!

くもない?


と、少し困惑しながら

次の一手を。


「それで、

今日の他人行儀の元となった

不機嫌ポイントは

なんだったんですか?」


当たり前のように

人前で隣にいられるのが嬉しくて

またニヤニヤしている自分がいる。


今日の僕は

怒ったり笑ったり感情が激しく忙しい。


が、彼女は聞いてか聞かずか、

ただぼーっと僕を見ている。


「聞こえてますか?」


「別に、不機嫌なんかではありません」


ぷいっと横を向かれた。

その反応、傷付く...

のを悟られるわけにはいかない。


「そうでしょうか?」


精一杯の笑顔を作りながら

誤魔化すように彼女の黒髪を

くるくるといじりはじめた。


一般的なローマ人は

黒髪がほとんどだ。


彼女の髪は本当にローマ人なら誰もが憧れるほどの黒く輝くツヤツヤの髪で、幼い頃に海辺で育ったとは、誰が思うのだろうか。


「強いて言うなれば...」


彼女が口を開く


「なれば?」


緊張しながら聞きました返す。


「ルキウス様の

その見目麗しいお姿で

今日はどれほどの乙女たちの

心を奪ってしまったのか

そこに、ちょっと

苛立ちをおぼえます。」


と、またほほを染めて

プイッと横を向く彼女。


「それは...」


クルクル黒髪を

指に巻き付けて遊んでいた手が

ピタリと止まった


ちょっとまって

どういうことですか!?


思考がピタリと停止すること数秒。


考えたこともなかった方向の返事に戸惑う。

驚きを隠しきれないよ。


僕が?

よその女を?


ははは。まさか

ありえない。


それよりなにより

そんなことで、怒るって。

え?

それって...?


「それはもしや

ヤキモチですか?」


彼女は横目でチラリと僕を見た。


「...そうかもしれません。」


それだけいうと、

またプイッとそっぽ向いちゃって。


ナニソレ

ナニソレ

ナニソレ


可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い可愛い


と、完全に思考は停止して、

さっきまで抑えてた衝動が完全に蘇って

体が小刻みに震え出す


「あぁーーー!!!!

ダメだ、嬉しいぃ

可愛い!愛してる!!!!!!」


口から溢れ出す雄叫びと想い

止めようもない体の衝動。


気がつけば、

僕は彼女を激しく抱きしめていた。


「ちょ、ルキウスっ!」


僕の腕の中で

ジタバタしている彼女はより可愛くて


「そんな心配ひとつも要らないのは

あなたもよく知っているでしょう?

幼いあの頃から、

私はあなた一筋なのですよ!!!」


そう言いながら、

抱きしめるだけじゃもの足りず髪の毛に顔を埋めてスリスリしてみる。

ふわっと香る彼女のにおい。

ほんとにほんとに理性が吹っ飛ぶかもしれない、それもいいのかもしれない。

と、ギリギリの戦いを繰り広げる僕を後目に

彼女は苦笑いしている。


辛いことがあったとき、

こうして

『 母様の代わりに 』

って甘えさせてくれた事を思い出す。


「嫌われ作戦失敗かぁ...」


と、彼女がなにかをいったけど、聞き漏らしてしまった。


「今なんと?」


ひょっこりと顔をのぞかせて聞き返すも


「なんでもなーい。」


と、幼かったあの頃のような話言葉になる2人。


この返事がきたら、

もう何回聞いても絶対教えてくれないのはよく分かってる。


「そう?」


と言うしかない。


「そうよっ!

ってコホンっ。

左様でございますよ」


「そうですか。」


その口調でいいのに。

少し残念に思いながら

ちゃんと顔が見られるよう

距離をおく。


ヤキモチ焼いてくれたのは嬉しいんだけど。

そんなありえないことで

彼女の笑顔を曇らせないように。


僕はふぅっ。と小さくためいきをついて、

本当は自分でも話すのは嫌な話題を話し出した。


「そもそも、

私はモテるわけではありませんよ

ただ、この金髪が珍しいあまりに

人目を集めてしまうだけです」


そう言いながら、自分の髪を1束

つまみ上げた


「それに、昔からの病弱で

勇ましい戦士にも程遠いですし...」


ごほんごほんと

咳き込むフリをしてみせる。


僕が戦場で、先陣切って、

バッタバッタと敵をなぎ倒してるなんて、彼女は知らないはず。

あの頃は出来なかったけど、

今の僕の体なら

あなたをお姫様だっこして

1晩中でも歩き続けられる体力があるのは内緒にしておこう。


「それに、あなた程の知識が

あるわけでもありませんし」


彼女が一晩で読む本の量を

どれだけ苦労して僕が読んでいたのか

彼女は知らない。


こっそり書庫に侵入して読んでいた本を

僕も読みたいと思い、タイトルをメモる日々。


そもそもあんな幼いあなたが、

なぜあれほど難しい本を読解出来たのか

驚異的なんですよ...


あなたに相応しいオトコになりたいからこそ同じ本だけは読破しようと涙ぐましい努力の末、僕にもそれなりの知識と博識を身につけることが出来たのも、なんだか格好悪いから内緒にしておくべきだと思う。


あとは...


「ちょっと偉い立場にいられるのも、

父と兄のおかげで

自分の実力ではありませんし」


と、苦笑いする。

僕自身に、どれほどの価値があると言うのか。


「それに、所詮わたしは

下賎の母から生まれた

半端モノですから」


その一言に彼女はハッとした。


そう、僕は卑怯者。

この話をすると、彼女がどれだけ僕にやさしくしてくれるか、分かっててこの話をするんだから。


お互い、母が居ない寂しさを共感しあってできた絆に縋り付く、情けないオトコが僕の本体と

自傷気味に笑う。


「だから、

このローマの地では珍しい

金髪に蒼い目を

みんな物珍しい目で見ているのですよ。

決してあなたが心配するようなことは

ないのです」


精一杯に情けない自分を

嘲笑ってしまう。


ほらみて?

彼女のあの顔。


この一時だけは、

絶対に彼女の瞳は僕以外を映さない。


僕だけを思ってくれてるんだよ。


「ルキウス...

そんなこ」


言わないで!

卑怯な僕を慰めないで!


僕は彼女の唇をさっと奪った。


「...!」


名残り惜しいけど一瞬ではなれる。


「大丈夫。ぜんぶ本当のことです。

今更傷ついたり、

悩んだりなんてしませんよ」


「今はただ、

あなたとこうしていられることが

ただただ嬉しい。」


これだけは真実。

でも彼女はまだなにか言いたげで。


だから僕は

ニコリと微笑む。


僕と彼女はお互いの思考が分かり合えるくらいの腐れ縁だから。


僕はただ微笑んでいれば、

これが本心と彼女に伝える1番の方法だと知っている。


君が僕を問い詰めたら、

逆に僕を傷付けるって知ってるだろう?


さぁ、次の手はどうする?

今日はどんな事でも論破して、

君に正式にプロポーズして

連れて帰る。


そう身構える


が、彼女が俯いて放った言葉は


「...私もです」


小さすぎて聞こえなかった。


だけど、目は口よりも雄弁で

彼女が先程から握っている右手に視線を落としていた。


「それは?」


「これは、東方から手に入れた香料です。

とても面白い香りがするのですよ」


そう言いながら小瓶を見せてくれた。


小さな、小指程の大きさなのに、

細かい細工の施されたそれは

いかにも怪しい小瓶だ。


「へぇ...

どんな香りなのですか?」


小瓶を手にとって

まじまじとそれを見つめる


「エキゾチックといいますか...

本当にいままで嗅いだことない香り

と言いましょうか...」


「ふぅん。

かいでみても?」


なにか怪しいのは

見てすぐわかる。

そもそもキョドりすぎですよ。

いつものあたならしく無さすぎる。


蓋を開けようとするも、慌てて止められたし。


「いえ、とっても高価なのでダメです」


「お金の問題ですか?」


くすっと苦笑い

僕にお金のことを言う?

この間の戦の褒賞いくらだったか知ってるよね?


「お金というよりも、

なかなか、手に入らないんですよ」


そう言いながら小瓶を取り返えされた。


怪しい...

さっきから歯切れの悪い会話に

じとんと彼女を見る。


それに気がついてか

彼女は親指と人差し指でそれを持ちながら

もう一度それを見せてきた


「それに、実はコレ

薬にもなるんです」


「薬?」




ピクっと固まる。

幼少期、本当に病弱だった僕。

変な、蛇を真っ黒に焼いてすり潰した苦いのから動物の何を乾燥させて作った生臭くて不味いのから、

散々薬に苦しめられてきたあの日々を思い出す。

と同時に流れる滝汗。

これはもうトラウマレベルだ。


「いえいえ、決して不味くないですよ」


「そうですか

それはよかった」


ほっと息をつく。


「薬といっても...

媚薬なのです」


ポッと赤くなりながら横を向く彼女。


「媚薬...?」


キョトンとするルキウス。

ビヤクってなんだっけ

少ないこと?

なわけないか

惚れ薬?


「そんなもの使わなくとも、

わたしはあなたに夢中ですよ?」


「ありがとう存じます

わたしも...なのですが...」


あ、いらないのね、

僕を無理やり好きになるとか、

そういう展開でもないのねと、

少し肩を落とす


「なのですが?」


「この先、2人の間にその...」


ぽぽぽぽぽと、

また彼女は顔を赤くしながら

モジモジとしている。


「その?」


なんだ、先が読めなさすぎる。

次はどう来るのかと

ごくんと息を飲み込む。


「ややこを望まれるのであるならば

必要かな...と..」


ぼぼぼぼほっと

火を吹くほどに恥ずかしがる彼女。


「......?」


ん?

つまりどゆこと?


「つまり、どういことですか?」


あ、声に出てた。


「〜〜!

だーかーらー!

シラフのままでは

恥ずかしすぎるということです!!

もー知らないっ!

バカっ!!!」


全然わかりませんが。

とにかく彼女は僕の胸に顔をうづめ

ポカポカと胸を殴りつけてくる。


全く痛くないよ?

ただただ可愛いだけなんですけど?


とにかく悔しそうな表情は


(くそー。どうしてやろう。

こんな恥ずかしい思いさせおって。)


って思ってるに違いない。


なんだ、つまりどういうことだ?

これほど恥ずかしくさせているのうな内容ってなんだ?


「...つまり...」


彼女がいった話を思い出せ。

そこに必ず正解はあるはずだ。


惚れ薬、恥ずかしい

2人の



ややこ?

やや子?

赤ん坊?


え、

それってもしや

いやいやまさか

でもまさか


「いままでずーーーっと

お預けだったけれど」


どんなに2人きりだったとして

これ以上ないと思ってきたシチュエーションでも、彼女は僕に体を預けることはなかった。

それが今。


「ようやく心の準備ができた

ということでよろしいのでしょうか?」


腕の中にすっぽりと収まる

小さくて可愛い存在が。


抑え続けてきた思いが。


もう、笑顔なんて、作る余裕もないほどの思いが。

また僕の体を駆け巡る。


君がホシイ。


その、思いを

表情にのせることが許される日がくるとは...


「(こくん。)」


と小さく頷く彼女。


それをみてワナワナとからだが震える。


「...そうか、そうかそうなのか」


今までの僕の思い出が

走馬灯のように蘇る。


「これまでどれほどのチャンスが来ようともことに至らず、流されるままではダメだとふたりの初めては、どれほどロマンチックな下準備と入念なチェックを積めばあなたが身もコロロも私に預けてくれるのかとどれほどいままで画作してきたことか...どれほど失敗してきたことか...!」


正直、好きなのは僕だけなんじゃないかと、悩んだ日々もありました。

たとえこれが片思いだって彼女が笑いかけてくれるなら構わないって自分をいい聞かせる日もありました。


「それが、今、とうとう

とうとう...」


男子たるもの涙をみせることなかれ。

そうは言われても

溢れ出てくるものは仕方ない


だが泣いてばかりもいられない。

涙をぐぐっと服と、

キッとなにかを睨んだ。


そう!善は急げなのだから。


「そうだ、

こうしてやっと

決心してくれたのならば

早い方がいい!

あなたの事だ!

モタモタしていたら、

また気が変わってしまうかも

しれない!」


「これはどのように

飲むのですか?

イッキのみ?

いやいや、まて、

私が飲んでどうする

あなたに飲ませなければ

意味が無い!」


焦ったオトコはみっともないと思いつつ、高まる興奮に鼻息も荒くまくし立てる


「暖かいお茶に

1滴垂らしていただきましょう。

そのほうが、

香りもよく立つと教えられまし」


言い終わるか否か


「茶をもて!

新しい茶だ!

暖かい茶だか、

飲めないほど熱くしてくれるな!

速やかに飲める適度なお茶を一刻も早く!!」


ガバッと立ち上がり、

控えていた侍女に

身振りを交えながら指示をだした。


なりふり構ってなどいられない。

とにかく気が変わらぬうちに。


なんなら僕達の今ここで

これからの蜜月を

海から生まれたビーナスへの

捧げものとしてもかまわない!


それよりなによりも本当は、

彼女も僕と一緒になることを

望んでくれていたということが、

嬉しい。


カチャカチャと

お茶のセットが運ばれてきた


「さぁ、お茶が来ましたよ」


侍女からそれを奪うかのよう

にうけとると、

いそいそ準備する。


やっと...

今日やっと...


君を僕のものにすることが出来る。


彼女を求める眼差しは

もう迷いなんてなかった。


「私だけではその、

恥ずかしいので...

殿下も...」


と、言いながら彼女は

小瓶の蓋に手をかける。


きゅぽんと、

よい音をたてて開いた小瓶からは

本当に今まで嗅いだことの無い

不思議な香りがしてくる。


そして、

2人分用意された茶器に

一雫ずつたらし。


「さぁ、ルキウス様。」


と、勧められた。


僕が知っている媚薬は

確か身悶えするほど異性が欲しくなると聞いた。


「ありがとう。」


カップを受け取りそれを眺める。

不思議な香りのこのお茶を飲んでしまえば、

僕がむちゃくちゃ彼女を愛してしまったとしても、薬のせいにすることが出来る。


それよりなにより、

乱れたように僕を求める彼女を

想像してしまった迂闊な僕。


本日何度目かの、

カーーーっ!と熱くなる思いに

ごくごくごくっと、

一気に飲み干した


「ぷはー。

味も香りも全然分かりませんでした」


これで、これでとうとう…


と、ふとここまで、

僕は彼女をまだずっと

『 彼女 』と呼んでいたことに気がつく。


ローマにおいて、

女に個人名がつくことはない。

神殿長によばれた

『 プリューラ 』

という名前も、

父プリウスの娘という意味だ。

従って、

もしプリウスに娘が2人いたら、

どちらもプリューラと呼ばれる。

非常にややこしい。


それよりなにより、

彼女は僕のものだと言ったのに。

いちいち彼女を呼ぶ度に、

父親の顔が浮かぶのも腹が立つ。


というか、父の娘って呼ぶのが嫌。


だから、前もって考えていたことを

思い切って提案してみた。


「そうだ、こうしてあなたの

身もコロロも頂けるのです。

ですので、

私だけのあなたの愛称をつけても

よいでしょうか?」


「え?」


「わたしに、名前...ですか?」


びっくり顔の、彼女。

だよね、突拍子もないことだもんね。


キョトンとする彼女の髪を

愛おしくまたサラサラと撫でながら


「ええ。名前を。

あなたを愛するその時に

わたしの、

私だけのあなたでいて欲しいから」


じっと私を真剣に、でもうっとりとみつめる。


「だから、

ずっと考えていたのです」


何故だろう、

からだが重い...


目線を下に落とし、

彼女の肩にどっしりと

腕を預けて寄っかかる


「ローマ人の見本のような

その美しい黒髪をもち

私を見ているようで、

でも、僕を通り越して

未来までも見つめるその黒い瞳に

いつも焦りと嫉妬の気持ちを

隠せなかった」


フラフラする。

なんだこれは。


「その華奢な体で、細い腕で、

それでも健康的な肌を

余すところなくつかって

奉納の舞を踊るあなたを

いつも見守りながら、

いつも、いつもあなたを求めていた。

僕1人のものにしたいのに

あなたは神のものだから...

神でさえも恨めしかった」


懺悔するかのように。

今わ想いを全て伝えなければならないと悟る。


そうか、飲まされたこれは...。


「ルキウス...

もう喋らないで...」


彼女の目には

涙が溢れていた。


顔に、血が通っている気がしない。

でも、今、伝えなければ、

と、フルフルと頭を振った


「あなたはウェスタの乙女

なのだからと

その体も心も神のもの

市民全員のものだからと、

ずっと僕の想いを

しまい込んでいた」


「やっと兄にも父にも

認められる男になって

無理やりあなたを

神からもぎとって

僕の妻と迎え入れられる

ことになったのに」


そう。飲まされたこれは

『 毒 』


「それほど僕がキライだった?」


ごめん、ごめんね

ひとりで舞い上がって。

あなたは僕と違って、

誇りを持って仕事をしていたのに。

僕がそれを取り上げてしまったんだね


懺悔の気持ちで、精一杯笑ってみせる。


「これは、毒...ですね?」


彼女の顔から血の気がさーーっと

引いていった。


やはりそうだったのか。


僕は、彼女に殺してやりたいと思われるほど、


(嫌われていたのか)


悔しさも、嫌悪もない。

彼女は、僕さえ居なくなれば

また巫女に戻ることができるはず。


だから、身勝手だった

僕を許して


「あなたが飲む前で

よかった...」


あなたに認められないこんな世界なら

運命に従って静かに消えていくから。


だから、そんなに泣かないで。


殺したいから殺そうとしたんでしょ?

なのにどうして僕のために泣いてくれるの?


彼女はポロポロと零れる大粒の涙を

拭うこともしないで、

僕ををぎゅっと抱きしめた


「いいえ!いいえ!

わたしもあなたを愛しています!!

ずっとずっと、幼いころから

ずうぅっと!!」


彼女の悲痛な叫びが、

でも、遠く感じるところから

聞こえてくる。


「そっか...」


嫌われてなかったんだ。

よかった...


自然と口元が緩む。


「えぇ。」


微笑み返す彼女。




そして


「がはっ!」


吐血した。

その血が彼女にかかってしまった。


キリッと

真面目な顔に戻る彼女。


「許してくれとは言いません」


「うん」


朦朧とする意識のなかで、

彼女はなにをしようとするのか、

もう読み取れずに


「1人で旅立てなんて

もっと言いません」


「...?」


死ぬってこんなに穏やかなのかと

今は戦場で、死ぬよりも

彼女の腕の中でこと切れられるが嬉しい


そして。


事の異変に気がついた近衛兵が

ざわっと騒ぎだした。


「私の、大事なあなたに

この先の残状を

あじわわせるくらいなら」


「...」


ざんじょう...?


「共にあの世に参りましょう。」


共に?


彼女は

さきほどの小瓶を、

近寄ってきた

近衛兵に見せつけた


まさか...


「...ダメだ、やめてくれ...」


もう、大きな声が出せない

彼女は僕を抱きしめたまま、

大声で叫んだ


「弟殿下を私がこの手で

毒殺しました!

見事この私をしとめ、

手柄とせよ!」


一瞬ザワっとしながらも、

手柄に目のくらんだ一人の男が

飛び出してきた


「お命ちょうだい!」


「(だめだ、やめろ、だめだ!!)」


声すらでない

思いだけは彼女にぶつける!


だめだ、やめてくれ、

君は、幸せになってくれ!!


悲痛な叫びは誰にも届かず、

幸せにすると、心に決めた彼女は

その美しい髪ごと2つにわかれ、

僕の血と、彼女から吹き出した血で

真っ赤に染まっていった。


「(なんてことだ)」


最後の力を絞って、彼女を

抱き寄せた。


「(たとえ、

どんなことがあったとしても

君を、君だけは守りたかった)」


「(君のことだ、

この先にどれほどの

恐ろしい世界の掲示を

受けてしまったのかわからない)」


「(そしてそれは、

僕の身に降りかかること

だったんだろう?)」


「(きっと君はそれを

僕にあじわわせたく

なかったんだろう?)」


「(そんな絶望を

僕は君の隣にいつもいても

察してやれなかったんだね...

ごめん)」


「(それでも、

君と一緒に生きて行きたかったよ)」


もう、体のどこにも

力のはいる場所はなかった。


ちからを使い果たし、

その場へと倒れ込む。


「(いつかまた、

君と巡り会うことがあるのならば

その時こそ2人、幸せになろうよ)」


「(愛している アルt…)」

最後までお読み頂きありがとうございます。

ルキシスは、幸せだったのか。

不幸だったのか。

この未来を回避するための物語を連載しています。

そちらもお読み頂けたら幸いです。


また、短編

『 誰だって、未来が選べるなら好きなように選ぶよね〜ウェスタの巫女序章〜 』

の裏話となっています。

あちらはプリューラ目線の話で、

その後に続いて行きます。

本当に、ここまでお読み頂きありがとうございました。

感想を頂けたら嬉しいです。

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