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 子供なら一度は《いけないこと》をしたくなるもの。

 それは人間であれ何であれ、変わらないものだ。

 では《やってはいけない事》とは何か?


 それは主の目を盗んで、禁断の場所を冒険することである。



 だが俺はなんの理由もなく、ぶらぶらしに行くわけじゃない。

 図書館でさわいでいる奴を叱りにいくんだ……!

 だってあんなに大きな音を出されたら、うるさくて眠れないよ。


 怒りのあまり、三角形の耳とフサフサの尻尾がぴいんと立っている。

 ぶんすか怒りながら、廊下のかどに来た。


 かどの部分には木製の古い円卓が置いてあり、そのうえにぽつんとランプが乗っている。

 かろうじて周囲を照らしているだけ。窓の外も真っ暗。星がまたたいている。


 つまり薄暗い。


 これは都合が良い。

 この闇に便乗して図書館に侵入しよう。


 以前はマリアと一緒に、屋上の連絡橋をわたって行ったが……。

 よくよく考えたらおかしな話だ。


 なぜ彼女は外を通らなかった?


 わざわざ階段をあがったりするなんて、腰が痛くなるだけだと思うが。

 それはまあ、たしかに彼女はまだ未成年だから、階段をあがったりするのは楽かもしれないけど。


 それでも納得がいかない。

 なぜマリアは外に出なかった?

 なぜ屋上の連絡橋から図書館に移った?

 なぜそんな面倒くさいことをする?


 それとも、そうしなければならない理由でもあるのか?

 分からない。

 だがしかし、屋上のルートを通るのは危険だ。

 なぜなら2階に魔術師マスターエドワードの書斎があるから。

 万が一バレてしまったら面倒だよなぁ。怒られるかもなぁ。


 ならばバレないようにいっきに駆け抜けるか?

 羽のように軽いこの体なら、階段をいっきに駆けあがれる。

 そのまますばやく書斎の横を突っ走ってやる!


 ……とおもったが、彼を侮らないほうがいい。

 エドワードは魔術師だ。屋敷の至るところに魔法警報機マジックアラートを設置し、防犯につとめているかもしれない。いや間違いなくそうだ。俺が彼なら絶対に防犯装置をつくる。

 書斎をよこぎった瞬間、ブザーが鳴るとかありえるぞ……!


 ゆえに屋上から行くルートは却下だ。

 外から侵入しよう。俺はそうおもって慎重に玄関に向かった。

 だがおそらく……なにかしらの施錠魔法がかけられており、開かない可能性もある……。



 まるで見えない赤外線センサーを避けるような動きで、俺は玄関までやって来た。

 他から見たらバカかもしれないが、俺は本気だった。


 ん?

 そこに誰かいる!


 椅子にすわり、玄関の外をうかがっている奴が……。


 お?

 あれはエドワードじゃないか?

 彼の体重のせいで椅子がガタガタしており、いまにも壊れそうだ。

 はやくダイエットしろよ御主人様……。


 彼は煙管パイプを咥えており……そしてなにか虫の居所が悪いのか、怪訝そうな顔をしている……。



「……あの忌々しい死骨狼アンデッドウルフどもめ! 私の私有地を無断で闊歩かっぽしやがって! あいつらを封じるためにも急いで例の術を完成させる必要があるか……それともフューリーならアイツらを倒せるか……」



 たしかフューリーとは、エドワードが俺につけてくれた名前だ。


 死骨狼アンデッドウルフ

 なんだそれは?

 俺なら倒せるって?

 そりゃあ買いかぶりすぎだろ?

 カーバンクルに何を期待してる……。

 それで……。

 外になにかいるのか?


 そうか!

 もしかしてマリアが外に出なかった理由は……外に危険な奴らがあふれているからだ……。

 死骨狼アンデッドウルフという化け物が領地を荒らしまわっているんだ……。

 でもここからだと……ソイツらの姿は見えないなぁ。


 それに例の術を完成させるって、なんのことだ?

 それが完成したらどうなるんだ?

 疑問は際限なく湧いてくるが、よく考えると俺って、エドワードのこと全然知らないんだよな……。



 ゲホッ、ゲホッ……。

 煙臭い。ここまでキセルの煙が漂ってくるぞ。

 エドワードがもくもくと濃い紫煙の雲に覆われてる!

 自分の肉で燻製ベーコンでも作る気か?


 しばらく隠れて見ていたが、彼はそこから離れる気がないようだ。

 チッ……!

 こうして俺の野望はあっけなく終わった。

 重い足取りで部屋へ向かう。


 あれ?

 トイレの窓が開いてないか?

 いやいやトイレの窓が開いている?

 しめたぞ。

 窓の位置はそんなに高くないので、跳びあがり簡単に通り抜ける。



 楽勝だった。


 そして。



 そこで見た光景を、俺はずっと忘れないだろう。

 屋上からはじめて領地を見下ろしたとき、俺は遠くの景色に目を奪われていた。

 だが違う。

 目の前にあるそれは……あまりにも悲惨な現状だった。



 なんだこれは?



 ここで戦争でもあったのか?


 まるで砲弾を受けたかのように野原は穴ぼこだらけ。

 木々は病気で痩せ細り、無数に倒れている。

 地面は破壊つくされ、うねって岩だらけの荒れ地が続いている。

 月の光に照らされた遠くの丘陵きゅうりょうは、酸性雨でも降ったかのように禿げあがっている。

 こんなんじゃ、まともに作物が育つわけない……。

 しかも木材という最低限の資源も得られず、財政はますます困窮こんきゅうしていくだろう……。



 とにかく酷いありさまだ。

 領地はメチャクチャで、領民はどこでどんな貧しい生活をしているのか、まるで見当がつかない。

 そして俺はこれまでにない強い焦りを感じていた。


 俺の魂はこの異世界に招かれて、聖獣カーバンクルの体に宿った……。

 辺境伯爵のペットとして、それなりに贅沢な暮らしを謳歌おうかしている。

 これからもずっとだ。

 ずっと贅沢な暮らしをして、マリアとも楽しくやっていけると思ってた……。

 幸福とはそういうものだ。ささやかな幸せがあれば良い。


 しかし……その幸せが永遠に続くと、誰が保証できる?

 こんな辺境の地で、あとどのくらい贅沢な暮らしができる?

 明日にでも財政破綻してしまうのではないか?



 まずいぞ。

 考えろ……考えるんだ……。

 前世では、俺は無気力で誰も救えなかった……。

 俺に優しくしてくれた母親でさえも……。

 親孝行なんて、いちどもしたことがない。

 だからこの世界で誰かを救いたい。

 誰かを幸せにしてあげたい……。

 だったら俺がマリアを……それにエドワードさえも……みんなを幸せにしてやりたいんだ……!


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