表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

70/71

70頁


 粉塵が舞っている。

 かの画廊は天井が崩落して、見るも無残な状況だ。

 その瓦礫の上でエドワードが倒れている。


 よかった。

 まだ息はある。


 俺の周囲を古代のドワーフ族の戦士や獣人族の骸骨が群れている。

 かつて不浄の神グレムコロイトゥスを倒す為に立ち上がった古代の戦士達。

 それが今では骸骨に成り果て、死神の忠実な下僕だ。


 俺は天井を見あげるように仰向けの姿勢で倒れていた。


 取り囲む屍の軍勢が、得物で俺の喉を切り裂くのを待ちわびている。

 主の命令を待っている。


 その骸骨の群れの中に、あいつがいた。


 《守護神(ガーディアン)》の1柱。

 グレムコロイトゥスの封印を解き、その力で神の王の座を狙う《死神ヘグファルト》だ。




「ふふふっ……。まだ生きていたか?

 ではこいつらに命じてバラバラに引き裂いてやろう。どうだ。慈悲を乞えば、苦しまずに殺してやるぞ」




 どうする?


 いや。

 どうしようもない。

 どうすることもできない。


 最悪の状況だ。


 それでも。

 俺はまだ生きている。


 ドクンと、俺の心臓が鼓動を刻んでいる。

 熱い血潮が体中を駆け巡っている。

 炎のように全身を沸き立てる。


 まだ生きている。

 これ以上の希望があろうか。

 生きて戦う意思がある。


 大丈夫だ。

 俺はまだやれる。



 ボロボロになった体を奮い立たせる。

 前足に痛みが走る。

 大丈夫。このくらいなんともない。


 神々の奇跡を呼び起こす力──《詠唱魔法》を、ミュウルニクスが唱えていたのを思い出す。

 《魔法》とはこうやって唱えるものだと、あの時の俺は学んだ。

 ルーン文字に頼る疑似魔法じゃない。

 神々の奇跡に最も近い《詠唱魔法》だ!



『運命を司る《蜘蛛の女神アラクネア》よ……』



 新しく体にそなわる《加護(ギフト)》が、血潮にのって体中に流れてゆく。

 それをどう使うか教わる必要はない。

 新しい能力の使い方を、俺は骨の髄まで知り尽くしていた。



『その麗しき唇から発せられる、尊き詠唱の力を我に授けたまえ……』



 神に認められた者は、いずれかの《守護神(ガーディアン)》を選び、《加護(ギフト)》を授かる。

 そして獣でしかない俺が神に認められた。

 《守護神(ガーディアン)》より《加護(ギフト)》を与えられた。



 嘲笑していたヘグファルトも、その異変に気づいたらしい。

 その表情かおが一瞬にしてこわばる。




「き、貴様……やはりアラクネアから、加護を受けていたか……!」




 獣の俺が人語を話したこと。

 アラクネアから《加護(ギフト)》を授かったこと。

 俺がヘグファルトの予想を超える力を手に入れたこと。

 奴は俺の全てを脅威と感じている。


 もはや俺はただの獣じゃない。不死身の守護聖獣に生まれ変わった。


 しかし死神の表情の翳りもすぐに消え、また嘲りへと変わった。




「だが《加護(ギフト)》を受けたとて、所詮はカーバンクルよ。獣風情のお前に使えるわけがない。せいぜい足掻きながら死ね!」




 ヘグファルトが右手を掲げると、それが合図であるかのように周囲の、骸骨どもの剣が振り下ろされた。

 俺の首を刎ねる為に。


 だが。


 遅すぎる。




『《解呪(スティル)》、《呪物(グラント)》』




 骸骨どもの錆びた剣が、木っ端みじんに吹き飛んだ。

 剣の柄を握りしめていた腕までも粉々に消し飛ぶ。

 やがて俺を取り囲んでいた骸骨達がバラバラに砕け散り、灰塵に変わった。


 よし、いける。

 殲滅してやる。




「なんだと!

 これは《詠唱魔法》か?

 カーバンクル風情が言葉ことのは魔法まほうを操るなど……。

 断じてあり得ぬ。い、いったい、どうなってるんだ!?」




 ミュウルニクスが服従魔法をつかい、わざとゴーレムと俺を戦わせていた理由がわかった。


 俺は改めて彼女に感謝した。

 おかげで俺は、彼女の唱える詠唱呪文のひとつひとつを理解して、完全に記憶することが出来た。

 しかもそれだけではない。




「……こいつの体に、質量以上の魔素マナが凝縮している!

 しかも蟲精バグから抽出された魔素マナ

 こいつの体は、まるで純粋な魔素マナの結晶そのものではないか?

 こんなことが……嘘だ……そんな馬鹿なことが……!?」




 ミュウルニクスは知っていたんだ。

 いずれ俺が《死神ヘグファルト》と対決することを……。

 だから彼女は呪文と共に、もっと大切な物を俺に与えてくれた。

 ミュウルニクスと図書館で会話しているあいだ、ずっとホタル状の蟲精バグが飛び交っていた。

 あれは彼女の純粋な魔素マナだったんだ……。

 それがホタル状の蟲精バグとなって、俺の体に吸収されていった。

 彼女は自らの魔力を犠牲にして、その全てを俺に分け与えていたんだ……。


 だから。

 彼女のためにも……。

 《死神ヘグファルト》を止めないと!




『《魂付加(インストラル)》、《呪物(グラント)》』




 知らないはずの高度な魔法の呪文スペルまで、俺の頭の中に流れ込んでくる。

 俺が呪文を唱えると、エドワードのフリントロック式拳銃が勝手に動きだして、宙に浮いた。

 地面に転がる1発の弾を魔法で動かし、銃に装填した。


 死神ヘグファルトに対抗する為に、密かに研究して作られたエドワードの秘密兵器だ。

 マリアとミュウルニクスが奴に操られていると知ったエドワードは、領地経営を疎かにしてまで、この武器の研究に没頭していた。

 その彼の意思を受け継いで、俺はこの武器でヘグファルトにとどめを刺す!




「……馬鹿め、そんなものは通用しない。所詮、貴様など……!」




 ヘグファルトは両手を前方に突き出して結界を張る。


 だがお前は勘違いしている。

 この銃で結界を貫くとは言ってない。



 俺は額の光石に念じた。

 すぐに《照明魔法》の上位互換──《光の覇魔剣(ライトニングホーン)》が発動する。

 額の石は形状を変えて、らせん状の光り輝くツノになった。


 アンデッドは光に弱い。

 これまでの経験で得た知識だ。

 その親玉である死神も同じだ。

 たとえ《守護神(ガーディアン)》の1柱だとしても、このツノで貫けない物はない!

 俺は果敢にも正面からヤツに突撃した。


 ガラスが砕けるように結界を破り、奴の両腕ごと引き裂いた。死神の両腕は灰となって消滅した。

 胸部の核が露わになる。

 あの核は、実体をもたない死神が、この世界に降臨するために必要な器だ。

 あれを破壊すれば、奴はこの世界で体を構築できなくなる。

 完全に消滅する。


 もはや核をかばう両腕さえも無い。



 くたばれヘグファルト!

 これで最後だ!


 フリントロック式拳銃から、ルーン文字の銃弾が発射された。

 それは爆風をともない、死神の核を跡形もなく粉々に散らせた。

 ヘグファルトの体がつま先から徐々に灰になっていく。



「ぐううぅ! おのれ、よくもこの、お、俺の体を……!」



 ヘグファルトが、怨嗟の混じる瞳で俺を睨む。

 そこにはもう圧倒的な優越感をともなう強者の威厳はなかった。

 衰えて消滅していくことに対する無念と怒り。そして慄き。

 ヘグファルトは胸の辺りまで灰化が進んでいた。



「その生意気なツラ、その忌々しい名を、俺は永遠に忘れぬ。もはや貴様に安寧の場所はない。この世界のどこに逃げようとも、どこに隠れようとも、我が配下のアンデッドとデーモンが必ずやお前を見つけだす。そしてバラバラに斬り刻み、地獄の底に叩き落してやる……!」



 その恨めしそうに睨む瞳だけが最後まで残っていたが、それもついに灰になって散り果てた。

 死神ヘグファルトは完全に消滅した。

 そこには下僕であった骸骨の一部が、地面に転がっているだけ。

 もとの静寂の迷宮にもどっていた。



 俺は固く決心する。

 来るなら来い。

 どんな奴が来ても俺は逃げない。


 死神ヘグファルト!

 永遠に俺の名を記憶にとどめ、怯え続けるがいい。


 俺の名はフューリー。

 女神アラクネアの名のもとに転生せし、不死身の守護聖獣フューリーだ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ