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 俺はマリアに抱っこされながら、屋敷のキッチンにむかう。


 はじめてのダンジョン探索は、俺の中で強い自信につながった。

 エドワードの本心が何にせよ、少しでも信頼を得られたのならうれしい。

 このままいれば、ペットとして安泰あんたいだ。

 それにこの世界の秘密をいろいろと教えてくれるかもしれない。


 そうだ。彼は魔術師だ。

 獣の俺が人間と話せるようにしてくれるかも……。


 俺には前世の記憶があり、他の獣より優れていると思うが、言葉を話せないのがつらい。

 それが解消され、マリアとも話せるようになれば、これ以上にうれしいことはない。

 そうおもってフサフサの尻尾を振りながら、喜びに打ち震えた。

 そこで急に降ろされた。



「お腹すいたでしょう? 良い物がありますよ」



 マリアが奥から熱々の鍋を持ってきた。

 この香ばしい匂いは食欲をそそる。

 たぶんこの匂いは、ビーフシチューか豚角煮のような料理だとおもう。

 なんとも良い匂いだ。ふたを開けると、濃厚なスープに浸るバラ肉がみえた。



「これは大猪ジャイアントボアの肉煮込み料理です」



 すすめられて一口食べてみる。

 よく蒸した肉の皮はゼラチン状になってやわらかい食感だ。

 その下の脂身がとろりとして、香ばしい甘みが口の中いっぱいに広がる。

 そして赤身はしっとりとしてほぐれやすく柔らかい舌ざわりだった。

 あまりの美味しさに嬉しくなる。



「くぎゅう……んきゅ……!」



 夢中でがっつき、熱くて鳴き声をあげる。


 これは素晴らしい肉料理だ。

 この世界に来た喜びを静かにかみしめる。


 満腹になり、疲れも取れたところで、エドワードのいる《あの場所》に戻ってきた。


 今は何時だろう?

 窓に目をやると暮れなずむ空が見えた。こんな時間まで俺はずっとダンジョン探索していたのか?

 ほんとうにあっという間だったな。

 たしかこの場所を訪れたのは朝だったのに……。

 あれからいろんなことがあって、この部屋がとても懐かしく思う。


 そう。

 俺はここで目を覚ました。

 深い海の中を漂うような、何も見えない、何も聞こえない、何も感じない空間。

 そこから糸で引っぱられるように俺の意識は覚醒した。

 その鮮烈な目覚めは、大きな疲労感をともなった。


 そして新たな体を得て、視覚を得て、嗅覚を得て、聴覚を得て、五感の全てを使い、未知の世界を模索している。

 でもあまりに膨大な情報量に、頭の中が爆発しそうになる。


 それは今だって変わらない。

 この異世界で見るものすべてが鮮烈で、受け止めるにはあまりに大きすぎる。



「ふむ、戻ってきたか。やはりお前には特別な才能があるようだ!」



 部屋の奥から声がした。

 声を聞くかぎりでは……イケメンである。


 俺は声のする方を向いた。

 台座の横に人が立っている。

 どこか理知的な印象を思わせる顔。

 その瞳には、強い野心が秘められている。目だけを見れば凛々しくて覇気がある。

 だが容姿はまるでRPGに出てくるオークそのものだ。

 たぶん痩せていればイケメンだったろうに……。


 魔術師マスターエドワードは落ち着き払っている。

 俺が余裕で戻ってくることを確信していたようだ。



「領主様、ただいま戻りました」



 メイドのマリアは俺を降ろすと、深く頭を下げて一歩退いた。

 魔術師マスターエドワードがゆっくり頷く。



「聖獣カーバンクルよ、お前の成長の証を示すべく、額の光石を照らして見せよ」



 その言葉が部屋のなかで凛と響きわたる。

 すると奇妙なことがおこった。

 体の芯に電流が走り、俺の体がかたまった。

 電流が体を駆けめぐり、やがて額の石に集中していく。頭が俺の意志に反して大きくのけぞる。



 これだ。

 あのときもそうだった。

 俺がこの世界に生を受けて、初めて彼と対峙したときも……。

 エドワードは魔力を秘めている。対象の相手を意のままに操る力か?

 やはりこれは《服従魔法》だったのか……。


 そして俺の額の光石から、まばゆい閃光が放たれる。

 壁に生えたこけさえ、くっきり見えるほど明るい。

 それが60秒ほど続いた。


 以前よりも照明魔法を長く使用できるようになった。

 そして魔法を使用しても以前ほど疲れない。


 成長している?


 あのダンジョンで奇妙な魔物を蹴散らしてきたから?

 それで経験値があがってレベルアップしたのか?

 そんなゲームみたいに簡単に成長できるのか?


 だとしたらすごい。

 ダンジョンに潜るたびに、俺の体はどんどん強くなっていく。

 この体なら俺はどこまでも強くなれる。

 前世のころの、あのたるんだ体とは違い、成長する喜びを感じられる。

 俺はそのとき初めて、成長の喜びという《まともな人間の感情》を知ることができた。


 皮肉なことに、俺は獣になってようやくそれを知ることができたのだ。

 俺はこの世界で幸福な生活を送っていける。

 うれしい。

 なのにに落ちない。


 それはたぶん俺が、ある恐ろしい事実に気づいてしまったからだ……。


 朝、俺が目覚めるとエドワードはずっとこの部屋にいた。

 いまも彼はこの部屋で何かをやっている。おそらく何かの研究だ。

 それに没頭するあまり、彼は領地経営をなまけている。

 彼が領主として働いているところを、俺はいちども見たことがない。


 豪華絢爛ごうかけんらんな屋敷で贅沢ぜいたくに暮らしているが、この金はどこからくる?

 農民たちを必要以上に搾取さくしゅしてるのではないか?

 誰かのヘイトを集めていないか?

 というかその外見ですでにヘイトを集めている?

 農民たちが反乱をおこし、彼は処刑されるのではないか?

 研究といってもエドワード……それはほんとうに必要なのか?

 なにかいえぬ事情があって、領地経営をおろそかにしているのか?



「んにゅ……」



 俺はへんな声をあげた。

 まさかエドワードが処刑される未来を変えるため、俺が転生したわけじゃあるまい?

 もしそうだとしたら、神様はなぜ俺をエドワード自身に転生させなかった?

 だってその方が都合が良いだろう。

 なぜペットのカーバンクルなんかに……?

 このままではエドワードと一緒にバッドエンドか?

 俺は目を細めてブルブル震えた。


 今日はもう遅い。はやく寝て明日にそなえよう。

 そして明日になったら彼の領地を見て回ろう。

 彼の領地経営が、どのくらい成功しているか、この目で確かめよう。


 俺はこの異世界で幸せになると決めたんだ。

 幸福な生活を追求していくんだ。

 だから終わらせるつもりはない。

 なんとしても!


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