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 そのとき俺の頭の中に、妙に懐かしい記憶が浮かんだ。

 ゲームだったか、アニメだったか、それとも漫画だったか。

 もう思い出せないが、その話だけは今でもはっきり覚えてる。


 亡国の王子が、己の剣術だけを頼りに各地を転々と放浪する。

 そしてさまざまな試練を克服して、やがて自分の国を取り戻す。


 すごくカッコイイ。

 いわゆる貴種流離譚ていうやつ。

 あれは小さいころ、たぶん小学生のときの記憶だったと思う。

 その物語の主人公は強くて優しくて、ずっと俺の憧れの存在だった。



 同じものを俺は目の前で見ている。


 俺の見たエドワードの背中は、あの亡国の王子と同じだ。

 強くて頼りがいのある大きな背中だ。


 エドワードは俺とマリアを庇うように、ヘグファルトの前に立ちはだかった。

 そしてヘグファルトに向かって、ルーン文字の刻まれた銃弾を浴びせ続けた。

 爆風が吹き抜け、画廊が黒煙に覆われた。


 これがエドワードの魔法の研究成果か。

 なんて凄まじい破壊力だ。

 エドワードはとんでもない武器をつくっていた……。



「よくもやってくれたなクロスカイン。貴様は全てを知っているはずだ。それでもこの私にたてつくつもりか?」



 周囲の煙が薄れる。

 せせら笑う声がして、細い人影が浮き彫りになった。

 吹き飛んだ左半身は、塵となって煙のようになり、宙をたなびいている。

 やがてそれが少しずつ体にもどっていく。

 まさか再生している?


 そんな……。

 あれだけ喰らってるのに、生きているなんて?

 エドワードはフリントロック式拳銃を下げたまま、立ち尽くした。

 マリアもミュウルニクスも呆然としていた。

 だがエドワードはまだあきらめていない。

 燻る灰のニオイが蔓延した画廊で、ルーン文字の光がほとばしる。



「《青い炎(アルヴァレット)》、《焼夷(フレム)》、《高熱化(ベアレス)》」


 複雑で細かいルーン文字が宙に浮きあがる。

 それらが輝きを増すと、空気中の魔素マナが集束して、魔法の炎を具現化した。


 魔法の銃弾と同じくらい、あるいはもっと高温の火球が、ヘグファルトの前で炸裂した。

 そのせつな、ヘグファルトの体が霧のように分散して、闇の中に溶け込もうとする。


 煙に覆われた画廊のどこにも死神の姿はなかった。

 闇の中に同化して姿をくらましたのだろう。

 呆然としている俺に向かって、エドワードが叫んだ。



「私が囮になる。フューリー、お前はマリアを連れて早く逃げろ」



 暗闇の中から、無数の火の矢が飛んできた。

 これは魔法だ。

 先ほどのエドワードのルーン魔法にも引けを取らない威力。

 いや、それ以上のパワーを秘めている。


 くそ。

 やはりヘグファルトは逃げたわけじゃない。

 こちらの様子をうかがっていたのだ。



「フューリー、はやくしろ!」



 相手は《守護神(ガーディアン)》の1柱である《死神ヘグファルト》。

 神が敵対している。

 今まで戦ってきた魔物とは格が違いすぎる。


 本能が危険を知らせている。

 エドワードが秘密兵器を取り出し、ありったけの銃弾を浴びせても、奴は倒れなかった。

 それどころか渾身のルーン魔法を叩き込んでも、奴は笑っていた……。


 怖い。

 どうしようもないほどの恐怖を感じる。

 とても倒せる相手じゃない。

 逃げないと。

 逃げないと、みんな殺される……。



 俺は非情な決断をくだした。

 エドワード一人では勝てないと分かっていながら、彼を見捨てた。

 彼がそうしろと言ったのだ……!

 だから……。


 俺はマリアとミュウルニクスの袖を引いて、この場から逃げた。

 そして鉄の扉の前まで来ていた。


 いくらなんでも神が相手では……。



「フューリーちゃん、あなたの照明魔法なら、死神でも対抗できます。なのにどうして逃げたんですか……」



 ちがう。

 マリアは分かってない。



「このままではエドワードは死ぬ……それでもいいのか?」



 ミュウルニクスも……。

 ほんとうに君たちは、なにも分かってない……。

 どうしてみんな、俺に期待の目を向けるんだ。


 神と戦えなんて無理だ。

 俺は君たちが思っているような強い男じゃない。


 前世の記憶があったから、ちょっとイキッてただけなんだよ。



 もうハッキリ言うぞ。全て暴露する。

 俺は転生者だ。前世の記憶がある。

 でも、俺は賢者や英雄の生まれ変わりなんかじゃない。

 前世では、ただの無職中年のおっさんだった……。


 39歳にもなって引き篭もりニートで、コミュ障を患ったどうしようもない落ちこぼれなんだよ。

 世間からは社会のゴミとか犯罪者予備軍とか思われているクズ野郎だ。

 そんな俺が死神となんて戦えるわけがない。

 今まで順風満帆に生きてきたから……みんな勘違いしてるんだ……。



 だからもう俺をそんな目で見ないでくれ。

 期待には応えられない。

 相手は死神なんだぞ。神様だ!

 とてもじゃないが俺の勝てる相手じゃない……。

 今までの相手とは格が違いすぎる。

 もう……俺には無理なんだよ……。

 ほんとうの俺は誰も救えない。最低のクズ野郎なんだ。

 これで分かっただろう?



 誰かの手が飛んできた!

 俺は思いっきり平手打ちを喰らった!



「やめて……やめてください……。社会のゴミとかクズ野郎とか、自分を卑下するのもいい加減にしてください!」



 マリアだった。

 目に涙を浮かべ、俺を睨み付ける。



「あなたは迷宮の《やもり竜(サラマンダー)》を倒しました。

 エルフ族もドワーフ族もドリアード族も、だれも倒せなかったゆえ、図書館の底に閉じ込めるしかなかった……あの魔獣(デーモン)を……あなたは知恵と勇気で挑み、見事に圧勝した。

 これだけでも、あなたは生ける伝説になったのに……。

 それに、農地改革を成し遂げて、大勢の領民を救ったじゃありませんか。

 もう彼らは飢餓に苦しむこともありません。食料のために、女や子供が売られることもない。

 あなたのおかげですよ。あなたが居なければ、こうはならなかった。かぞえきれないほどの女性や子供達が、どれだけあなたに救われたか……」



 あ……。

 俺は……。


 瞳から涙がながれた。

 胸のなかに、炎がともる。


 俺は……間違っていた。



「《死に戻りスキル》を持つ私が何度やり直しても誰も救えなかったのに……。

 なのにあなたはたったひとりで、それも1度きりで皆を救ったんですよ。これがどれほど凄いことか、あなたに分かりますか……?」



 声も出なかった。

 マリアはこの苦しみを何度もループしてきた……。

 それを終らせてやりたい。


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