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 ヴィオニック禁呪図書館の地下迷宮ダンジョン

 それは迷路のように複雑に入り組んだドワーフ族の王国の廃墟だ。

 その迷宮のさらに下。

 もっと深い奈落の底に《馬陸郷(ミリピイディア)》と呼ばれる禁域がある。

 そこに不浄の神にして魔獣デーモン族の王《グレムコロイトゥス》を封印した棺が眠っている。


 死んでいない。

 ただ眠っているだけ。


 だからいつの日か必ず目を覚ます。

 誰かがその時まで、永劫の時間を生き続け、棺を見張ってないといけない。

 ……そのためにミュウルニクスは不死の力をもとめた。《死神ヘグファルト》と契約を果たした。


 彼女は狼魔貴族の長として、獣人族の姫君として、その役目を担ったのだ。

 もう500年も前の話である。


 そして《守護神(ガーディアン)》たちが、神王の座を求めて争う時代が来た。

 民は己の信仰する神の名を轟かせるため、ふたたび剣をとったのだ。

 共に戦った暁の領域の民は、たがいに血を流すようになった。

 戦争を嘆き、エルフ族やドリアード族はこの島を去ったと云われている。


 神々を讃える宗教戦争は、ドワーフ族の王国にも及んだ。

 彼らは王国を守る為、《死神ヘグファルト》の加護を望んだ。

 《死に戻りスキル》の《加護(ギフト)》により、ドワーフ族の戦士は比類なき強さを誇った。

 だが彼らの文明はやがて衰退する。


 死神の力に溺れた者は、やがて亡者となる。

 死神に仕える死者の兵士となってしまう。

 死神は死者の兵士らを地底神殿に集めて、《不浄の神グレムコロイトゥス》を復活させるための儀式をおこなっている。

 魔獣デーモン族の王の暗黒の力を手に入れ、みずからが神王の座につくために。



 なにが《加護(ギフト)》だ。

 あんなものは尊ぶべき加護じゃない。

 呪いだ。


 ミュウルニクスとマリアは死ぬことさえ許されない存在になってしまったんだ……。



 ああ、俺はなんて馬鹿なんだ。

 もっとはやく気づいてれば、何か手はあったはず……。


 エドワードの領地経営を成功させるため、農民の反乱を止めるため、マリアはその力を得た……。

 でもそれだけじゃ済まされない呪いを背負うことになった。


 奈落の監視者、密かにその力を簒奪するための尖兵として、永遠に《死神ヘグファルト》の隷属者となるのだ……。

 それを解く方法はないのか……?



「エドワードは全てを知っていた。だからこの図書館で……《死神ヘグファルト》の貴重な書物が収められているこの図書館にこもって、《死神殺しの魔術》を研究していた」



 ミュウルニクスが静かに話す。

 俺は黙って頷いた。


 まるでパズルを解くように、すべてのピースが一瞬にして噛み合った。

 エドワードは、ここで《死神ヘグファルト》に対抗するための魔術を研究していたんだ……!

 マリアを助けるために。



「そのとき、あなたが連れて来られました。大陸から、光魔法を操る聖獣を捕まえたとの報告が入り、領主様はあなたを多額の金で購入したのです」



 ああ……。

 なるほど、そういうことか。


 わかったよ。

 俺はただの貴族のペットじゃない。


 俺は《死神ヘグファルト》を倒す為の武器として、ここに連れて来られたんだ。

 エドワードが俺を何度も地下迷宮ダンジョンに行かせたのは、はやくレベルアップして欲しいから。

 1日でもはやく強い聖獣になって欲しいから。

 死神殺しの秘密兵器になって欲しかったから。


 そういうことか。



「そのとおりです。さすがですね。でも、もう終わりです。フューリーちゃん、はやく逃げてください。あいつに気づかれる前に、どうかはやく!」


「そうだ。おまえだけでも逃げろ。船に乗って、一刻も早くこの島から立ち去れ」



 ふたりとも何を言っているんだ?

 だが、そのとき俺は異常な寒気を感じた。


 画廊の奥、深淵の更に奥から、妙に冷たい風が吹いてくる。

 俺は身をかがめて、風の吹いてくる方角を見た。

 そこにはずっと闇ばかりが続いているが。

 でも確かに何かの気配を感じる。



「そいつは邪魔だから殺せと命令したはずだが、なぜまだ生きているんだ?」



 まるで冷たく禍々しい氷河のよう。

 流れる血潮さえも凍てついてしまう冷たい声。

 その声を聞くことさえはばかる。



「はやく説明しろ。なぜそいつはまだ生きている?」



 戦慄が走る。

 今まで嗅いだことがない危険な香り。

 俺はいつの間にか震えていた。

 たぶんマリアやミュウルニクスも震えていたと思う。

 ようやく俺は暗闇の中を見据える勇気がわいた。



 それが居た……!

 暗闇が渦を巻いて、凝縮している。

 同時に笑い声が響いている。

 暗闇の中で幾重にも反響する笑い声が。


 やがて凝縮した闇が《にんげん》の姿を取り始めた。


 それは男の、まだ若い青年の姿だった。



 周囲の闇よりもなお黒い外套コートを身にまとう。

 中性的な、線の細い男性の姿で、ゆるやかにカールした長い黒髪を垂らしている。

 端正な顔立ちの美青年だ。まるで雪のように、その顔は繊細で色白い。

 そして地上に住む全ての種族ものを侮蔑した赤色の双眸まなざし……。



 そいつが誰なのか、俺は一瞬で分かった。

 この男こそ《死神ヘグファルト》だ。


 まさに伝説の存在と呼ぶにふさわしい《守護神(ガーディアン)》の1柱が目の前にいる。

 なのに俺はその覇気に圧倒され、震えて動けない。



「俺の命令に背くのであれば、それなりの覚悟はできているな?」


「是非にあらず」



 まずい。

 なにか。

 何か行動しないと。

 マリアとミュウルニクスが殺される……!


 こんな時に、なぜ体が動かない?


 マリア、ミュウルニクス、なにをしているんだ。

 はやく逃げなきゃ!


 たのむ。

 逃げてくれ。



「ならば、望み通りにしてやる」



 ヘグファルトが人差し指をこちらに向ける。

 その先に奇妙な赤い光が集束していく。

 その光は熱を帯び、やがて燃えたぎる火球に変わった。


 くそ。

 俺はなにやってるんだ。


 こんなときこそ、照明魔法を使わなくちゃいけないのに。

 なのに、俺は恐怖に屈服して動けない。



 そのとき、誰かが画廊に駆けこむ。

 走って来る巨漢。

 あの姿には見覚えがある。

 その手には、大きなフリントロック式拳銃を握りしめており……。



「くたばれヘグファルト! このエドワードを舐めるなぁ!」



 発射された銃弾には、ルーン文字が刻まれていたらしい。

 黒づくめの華奢男に着弾した瞬間、青い爆風が周囲を呑み込んだ。



 エドワードォォォ!

 俺は無意識に叫んでいた。



 彼の研究の成果。

 領地経営を怠り、ヴィオニック禁呪図書館に入り浸りて、死神殺しの研究にいそしみ……。

 ついに開発したんだ。


 《死神ヘグファルト》を滅ぼすための魔導具──ルーン文字のフリントロック式拳銃を!

 

 その威力は確かだ。

 これなら死神でも、滅ぼせる!


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