64頁
「魔獣族のくせに、神を名乗っているだけのことはあるわ……」
ミュウルニクスの言葉には、諦念の情が見て取れた。
そして彼女の瞳は、深い絶望の心境をうつしていた。
いったいどういうことだ?
そこまでやっても、グレムコロイトゥスは倒せなかった?
ミュウルニクスは唇をかみ、静かにうなずいた。
マリアはその様子を見て、先を続けた。
「《カーミラの首飾り》で武装した少数精鋭の魔術師団が、《グレムコロイトゥス》を背後から奇襲して、いっきに叩くこと。
その間、地上の兵士が攻撃をしかけて、援護に来させないよう魔獣族や不死者族の軍団を攪乱させること。
ええ、まさしくその通りですよ。さすがフューリーちゃんですね。やはりあなたは世界一賢いカーバンクルです。
貴方がいったとおりの計画をおこないました。
ミュウルニクスさんは冷静に現状を見据えていました。そして情報の断片を集めて的確に考察し、不浄の神を葬り去るために、緻密な作戦を練っていたのです……」
計画は成功していた。
みごと不意をついて、グレムコロイトゥスに最大火力を叩き込んだ。
そこでミュウルニクスがうなずく。
「でも、不浄の神は……あのグレムコロイトゥスは……けた外れにデカい化け物だった。山を踏みつぶせるほどに巨大で、私達の魔法がまるで豆鉄砲みたいに弾かれた。あんなのは初めてだ。今までだってデカい奴とは戦ったことがある。竜でも巨人でも、魔法の射程に入れば、いっきにねじ伏せてやれた。でもあいつは、あの化け物は規格外に巨大で強くて倒しきれなかった……」
そうか。
言い訳をするなら、いくらでもできる……。
彼女達は長く続いた戦争のせいで消耗してた。
力をじゅうぶんに行使できず、また相手がデカすぎて、思っていた以上にダメージを与えられなかった。
その間も各地では、魔獣族や不死者の軍団の猛攻によって、暁の領域の民は徐々に追い込まれていた。
それでも。
ミュウルニクスたちは攻めた。
グレムコロイトゥスの両腕をそぎ落とし、喉をつぶして魔法詠唱ができないようにした。
だが奴はその巨体を武器に、次々と仲間達を押しつぶしていく。
ミュウルニクスは目を閉じた。そのときの光景を思い浮かべていたのかもしれない。
「もはや奴を倒すことはできない。ならば奴らと同じ闇の力を使って封じ込めるしかない。……私達にはもうその方法しか残されていなかった。だから……選び抜かれた10人の高名な魔導士たちが、《死神》ヘグファルトと契約をして、その呪われた力により、闇の封印魔法を何百倍にも高め、地の底のはるか下、冥府の窯の中に封印することにしたの。魔法が発動して大地が大きく裂けたわ。私たちは最後の力を振り絞って、奴を亀裂の中に押し込めた……」
それで……それでどうなった……?
マリアが静かにうなずいた。
「はい。戦いは終わりました。魔獣族や不死者の軍団はグレムコロイトゥスが封印されたことにより、付与能力が大幅に低下しました。多くは敗走して消失。残党狩りをして、ついに暁の領域の軍勢が勝利したのです」
勝ったんだ。
じゃあ喜んでいいんだよな。
でもミュウルニクスはため息を吐いて、大きくかぶりを振った。
「たしかにグレムコロイトゥスは地の底に消え去り、宵の領域の軍勢は敗退して消え去った。
でもこの戦争を経て、神々が動き出したんだ。
グレムコロイトゥスが消えたことにより、神々の力の均衡が大きく崩れた。
グレムコロイトゥスの棺、そのあり余るほど強力で、最凶なまでの力を、神々が奪い合う……。
あるいはその神王の座を巡り、とくに《守護神》同士が激しく争う、凄惨な時代が訪れた」
そんな……。
《守護神》たちは一枚岩じゃなかったのか。
たがいが、信者や信仰、大いなる力をもとめて争った。
《加護》を与え、輩出された英雄たちが、互いの信仰する神のために争った?
「《守護神》たちの真なる神の王の座をめぐる争い。それは信者達を巻き込み地上で頻繁に戦争を起こした。とくに《死神ヘグファルト》は神王の座につくため、封印されたグレムコロイトゥスの力を幾度も奪おうとした。そのためなら、多くの信者達を堕落させ、呪われた死者の戦士に変えて、他の神々やその信者達と戦わせるのも厭わなかった……」
さらにミュウルニクスが言うには、《死神ヘグファルト》の加護者たちは、やがては死者の兵に変えられてしまうらしい。
グレムコロイトゥスの力を簒奪する。それだけのために《死神ヘグファルト》の従順な傀儡にされてしまうのだ。
俺は寒気がした。
全身が総毛立つ。
じゃあ、マリアは?
《死神ヘグファルト》から加護を受けているマリアはどうなるんだよ……?
「フューリーちゃん。あなたは誰よりも賢くて強い。
だから図書館ダンジョンの最深部まで到達できたしょう。
そこには《死神ヘグファルト》様の偉大なる神殿があります。そこであの御方がグレムコロイトゥス復活の儀式を執り行っています。
……だから私たちはあなたを襲ったのです。
きっとあなたは真実を知れば、あの御方に歯向かうから。そしてあなたを殺せと云うのがあの御方の意思だから。私たちはあなたを襲いました」
めまいがした。
ヴィオニック禁呪図書館の下に広がる巨大なダンジョン、その最深部には何があるか?
そう。
それこそ俺がずっと知りたかったこと。
地下迷宮の最深部には、《死神ヘグファルト》の住まう暗黒の神殿がある。
《死神ヘグファルト》……。
マリアに《死に戻りスキル》の加護を与えた神が。
いや、加護ではなく呪いだ。
「いつか聞かれたよね。守護神との誓いの言葉はどんなのがいいかって……。
私は反則技して楽しく暮らしたいから加護をおくれだっけ。
そう言ったような記憶があるけど、本当はちょっと違う。
私は《死神ヘグファルト》の前に跪き、次のような言葉を誓った。……我が民を救済するため、不浄の神を永遠に封じるため、その力を私に与えよ……と」
それが真実か?
なんてことだ……。
マリアもミュウルニクスも。
《死神ヘグファルト》と契約してたのか。
永遠の命《死に戻りスキル》を得るために……。
グレムコロイトゥスの封印を監視するために……。
でも《死神ヘグファルト》はその《不浄の神》の力を欲している。
みずからが神の王の座につくために。
そして君たちは知っているはずだ。
やがてはドワーフ族と同じ運命を辿ることを……。
君たちも、やがては死神の従順な傀儡にされてしまうんだぞ……。
それともあるいは……。