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山があった場所はえぐれ、深い谷となり、平原があった場所は呑み込まれ、海の底に沈んだ。
この戦争によって、エマジア島は地形が変わるほどの深い傷痕をのこした。
エマジア島を中心に戦火はひろがり、大陸の一部までもが壊滅的打撃をうけた。
まさにカオスだ。混沌の炎に焼かれ、地獄と化した。
「さらに宵の領域の軍勢はみな《死神ヘグファルト》と《不浄の神》を信奉しており、その恩恵を授かっていたのです。それは相手の血を浴びるたびに傷がふさがり、体力が回復するという能力でした」
おそらくマリアは図書館の書物で調べたのだろう。
それにしても恐ろしい相手だ。
相手の血を浴びるたびに回復する……。
吸血鬼とかいうレベルじゃない。
馬鹿らしいくらいにチートだ。
そんな敵を相手に、暁の領域の軍勢は絶望的な戦いをしていたのか。
でもおかしい。
《死神ヘグファルト》は《守護神》の1柱だ。
創造神の申し子なのに、なぜ魔獣や不死者に手を貸す?
だってそれらは神々の敵ではないのか?
だがミュウルニクスは頭を横に振った。
「その時代には、創造神の力がおとろえ始めていた。そして《守護神》は、創造神の偉大な玉座を奪うため、互いに争いをはじめた。神々の国も混乱していた。互いの力を求めて争い合っていたんだ」
神でさえも力に溺れていた混沌の時代。
だから宵の領域の魔獣族や不死者が、その隙を狙って侵略戦争をはじめたんだ。
そこでふと疑問が浮かぶ。
ミュウルニクスは獣人族だ。
ということは魔獣族や不死者の仲間で、宵の領域の軍勢にあたる。
当然ながら彼女だって人間やエルフたちの敵だったはず。
そんな彼女がなぜ……?
マリアが俺の疑問を察したらしい。
「そうですね。フューリーちゃんも疑問に思ったでしょう。獣人であるミュウルニクスさんは、人間たちの、ひいては暁の領域に住む全ての者の敵。
……宵の領域に住み、魔獣族や不死者と仲間のはずだと。間違ってはいません。そのとおりでした。
ルーン文字をつかう獣人族はほんとうに手強かったと伝承の書物にも記されています。このままでは人間もエルフもドリアードもドワーフも、暁の領域に住む大勢の民が、彼らに殺されてしまうと、当時の人々はおもったそうです。
……でも、そのときですよ。
獣人族が仲間であるはずの魔獣族や不死者を裏切り、人間たちに手を貸すようになったのです……!
彼等を指導していた若き狼魔貴族の姫君、《漆黒夜の魔女》と呼ばれたその者は人間たちと同盟を組み、魔獣族や不死者たちを圧倒的な力で制圧しました」
獣人族を指導していた若き狼魔貴族の姫君って……まさか……ミュウルニクスのことか?
ミュウルニクスって古代獣人族の姫様だったのか……?
貴族の令嬢かと思っていたら、まさかの?
しかも戦争がはじまったのは500年前。
だから彼女はもう500年以上生きている……。
なぜ?
そんな彼女が、何故この図書館に囚われている?