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いよいよか。
ついに最後の謎が明かされる。
そしてミュウルニクスがゆっくりと語り始めた。
「もうお前も知ってると思うが、とても古い時代、このエマジア島の地下には広大なドワーフ族の王国があった。北の森には高度な文明をもつエルフ族やドリアード族が暮らしていた。その頃の人間族は、今と違って数が少なく、島の末端で小さな王国をつくり暮らしていた。彼らがいたのは島の半分、暁の領域と呼ばれる場所。そしてもう半分には魔獣族、不死者、また私のような獣人族が暮らしていた。これを宵の領域と呼んで、ふたつの領域の間には境界線があった。賢いお前なら、ここまでは簡単に理解できるだろう?」
分かる。
いまこのエマジア島には、もう人間しかいないけど。
古の時代には様々な種族が暮らしていたんだなぁ。
そしておそらく戦争もあったはずだ。
境界線では常に衝突もあったろう。
だって魔獣族に不死者とか、そんなヤバイ奴らがうろついていたら、ちなまぐさい軋みもあったんじゃないか?
そこでミュウルニクスが相づちをうつ。
「そう。そのとおり。これまで境界線では小さな衝突が何度も起きたわ。そして……あの忌まわしき……魔獣族の王《グレムコロイトゥス》が宵の領域に棲む全ての種族、魔獣族、不死者、獣人族を従えてついに侵略を開始した」
魔獣族の王《グレムコロイトゥス》。
またの名を《不浄の神》。
その名とて確かなものではなく、その魔神を称号する名は限りないほどあった。
死を求める戦鬼。全ての魔を統べるもの。深淵の闇を振りまくもの。
災いと疫病の申し子。魂を喰らうもの。嗤い歩むもの……。
いまから500年ほど前。
多種族が平和の調停を結び、穏健に暮らしてきたエマジア島にて、宵の領域より無数の悪魔たちを率いて侵略してきたのは、そう呼ばれていた魔獣族の王だった。
さらにマリアが付け足す。
「その名のもとに、貪欲な野心をもつ、地底深く奈落の領域の魔獣族の名立たる覇者達が、永劫の屈辱的な潜伏を経て集い始めました。やがて軍勢となり、巨大な戦火となって大陸さえも巻き込む大戦争が勃発したのです……」
「そう。この島ならず大陸にまで戦争の火種が及んだ。おまえも見ただろう? まるで押しつぶされたように荒廃した山々を」
ミュウルニクスのいうとおりだ。
エマジア島はあまりにも荒廃していた。
その原因は《大地を喰らう蛇》だけじゃない。
かつてこの島で、凄惨な争いがあったからだ……。
クロスカイン領に火山灰が降り積もっているのもそれが原因だ。
魔獣族の呪術により、人間達を塵にすべく山が溶岩を噴いたからだ。
その戦いの爪痕は、今もエマジア島を苦しめている。
「島の各地、至る所に、魔獣や不死者の軍勢があらわれた。それもSSランク《妖王》階級やSランク《準妖王》階級に属する化け物たちさ。つまるところ、どこもかしこもSSランク級の化け物に満ちあふれ、蹂躙されていたってわけ」
不浄の神グレムコロイトゥスが起こした宵の軍勢の戦乱。
SSランク級の化け物がそこら中で暴れまわっていたらしい。
これがどういうことかというと、以前に戦った《やもり竜》や《大地を喰らう蛇》が、どちらもBランク《高位魔族《ハイモンストルム》》と呼ばれる階級である。
このうえがAランク《統率魔族《ルーラーモンストルム》》階級。
さらにそのうえがSランク級の《準妖王》階級、最高位SSランク《妖王》階級に分かれる。
死骨狼はCランク《上位種》階級。
その下がDランク《下位種》階級だ。
このふたつのレベルに属する魔物なら、群れてない限り俺でも勝てる。
でもさらにうえのAランク《統率魔族《ルーラーモンストルム》》階級やBランク《高位魔族《ハイモンストルム》》は厄介だ。
幸運にも単独で出会えたのなら、かろうじて勝ち目をあるだろう。
だがもっとうえのSSランク《妖王》階級やSランク《準妖王》階級に出会ってしまったら……。
しかもそれが1体ではなく群れで襲ってきたら、それはもう災害に等しい。
それにみんなが強いわけじゃない。
暁の領域の兵士達は、そんな強大な敵を前にして、いったいどのくらい持ち堪えられた?
たとえ100人の兵士がいたとしても、押し寄せるCランク《上位種》階級やDランク《下位種》階級の数千数万の群れに、どれくらい堪えられた?
きっと酷い戦いだったに違いない。
ミュウルニクスは深いため息を吐いた。
「たとえエルフやドリアードたちがルーン魔法で対抗したとしても、魔獣や不死者たちは、生贄を差し出し、忌まわしき闇の儀式を執り行い、グレムコロイトゥスの暗黒の力を無限に引き出して、襲ってきた……」
山があった場所はえぐれ、深い谷となり、平原があった場所は呑み込まれ、海の底に沈んだ。
この戦争によって、エマジア島は地形が変わるほどの深い傷痕をのこした。
そして……。