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うっとりと見つめる瞳の片隅には、黒い殺気がやどる。
狼が羊を見るような、捕食者の目をしている。
「いつか約束したね。おまえが強くなったら、一緒に稽古したいって……だからこれからおまえを試すわ。ここを通りたければ、私達を殺しなさい」
え?
殺すって?
いったい何を言ってるんだ?
そのせつな、マリアとミュウルニクスが俺に襲い掛かってきた。
なぜ?
せっかく領民を救って、約束通り無事に帰ってきたのに。
頼むから、殺せなんていうなよ……。
ミュウルニクスは右手を高くかかげた。
右腕を取り巻くように黒い霧が発生する。
それがごうごうと渦巻いて、やがて彼女の全身を包み込んでいく。
周囲の木片や本の紙片が風に飛ばされる。
目も開けれなかった。
やがて風がおさまると、黒くて禍々しい大きな鎌を握りしめていた。
マリアも腰の剣を抜いた。
すばやい一閃。
いま俺の居た場所に深い亀裂ができる。
跳び上がった俺を見越したかのように、ミュウルニクスの鎌が迫る。
柱が一刀両断された!
彼女たちは遊びでやってるんじゃない。
俊敏な動きが物語っている。
俺を本気で殺すつもりだと……。
着地した瞬間に、マリアの剣が俺の眉間のすぐ前をかすめる。
なぜ襲われるのか意味が分からなかった。
だがこうなったら、しかたない。
得意の《照明魔法》を使って、怯ませるしかない!
いつものように雷のイメージをする。
体からほとばしる電撃をイメージする……。
そのとき首に下げていたアクセサリーが輝いた。
これはやもり竜を倒したときに口から出てきたもの。
太古の時代にドワーフ族の英雄がつかっていた装飾品。
持ち主の魔力を高めてくれるという……カーミラの首飾り!
それが俺の《照明魔法》に共鳴した。
額の石が変形して鋭いツノになる。
まるでユニコーンのように、きらきらと輝くツノが額から伸びていた。
そのツノがマリアの剣に触れたとき、彼女の腕に電撃がはしった。
やったか!
マリアが剣を落とした。
あとはミュウルニクスをなんとかすれば……!
だが獣人の彼女はマリアよりも機敏で、ちょっとでも油断すれば斬られる。
彼女の鎌を握る指、双眸から強烈なほどの殺気を感じる。
殺意をたぎらせ、鎌を振りかざしてくる。
なんか……いつもと……違う。
ミュウルニクスは躊躇なく俺の首を刎ねようとしてくる……!
稽古なんてウソだ……。
本気で俺を殺すつもりだ……。
なんで?
どうして……こんな……?
湧き上がる悲しみと恐怖。
俺はここで死ぬのか?
いやだ。
死ぬなんていやだ。
このまま意味も分からず、信頼してたミュウルニクスに、殺される……?
いやだ。
そんなのいやだ。
いやだ……。
涙で視界が滲んだ。
どうすればいい?
真っ白な頭で必死に考えた。
どうすればいいんだ?
どうすれば生き残れる?
そうだ。
逃げろ……!
でも逃げて背中を見せれば、その隙に間違いなく斬られる!
ならばこの状況で俺はどうすればいい?
これが冗談だよといって笑ってくれたら、どんなに嬉しかったか……。
でもちがう。
ほんとうに殺し合いをしてるんだ。
俺とマリアとミュウルニクスで……。
マリアが落ちた剣を取り、ふたたび俺に迫ってきた。
あの優しいマリアが無表情で、剣をふるう。
死にたくない。
死にたくない。
どうすれば……?
あの《照明魔法》と一緒に出現した《雷光のツノ》をもう一度呼び出せば!
さっきもマリアの剣を地面に叩き落した……!
戦え。
応戦しろ。ツノで刺せ。
生き残るために。ふたりをさせ……。
うまくやれば、すばやく懐にもぐりこんで、つらぬけば……!
悪いのはマリアとミュウルニクスだ……。
理由も告げずに、俺を殺そうとするから……!
だから、殺されても……。
はやく《照明魔法》を発動するんだ。
雷の、電撃の、イメージをして、額の光石に集中して。
やれ!
はやくやれ!
やるんだ……!
ころせ、ころせ、ころせ。
当然の報いだ。
死んでも文句はいえない!
そうだ。
だいじょうぶ。
死んでも文句は言わない……。
俺は。
俺は《照明魔法》を止めていた。
下を向いて静かに目をつむる。
マリアとミュウルニクスが、迷わずいっきに俺のをやれるように。
涙を流していたが、心の中では微笑んでいた。
分かってるよ……。
俺だって馬鹿じゃない……。
マリアとミュウルニクスが本気で俺を殺そうとするなら……。
そうしなきゃならない理由があるんだよね?
カーバンクルを殺さなきゃならない理由が。
切羽詰まった理由が……。
俺にはふたりを殺すことなんてできない。
俺はふたりのことが好きだから。
慕っているんだ……。
俺を本気で殺したいなら、はじめから反撃のチャンスなど与えずに、ひとおもいにやるべきだよ。
なのに彼女達は俺に生き残るチャンスを与えていた。
自分らが死んで、俺が生き残れるチャンスを与えてくれていた。
そんなことしないで、さっさと刺せば良かったのに。
彼女達はそうしなかった……。
俺に最後のチャンスを与えてくれていたんだ……。
それを知った時、俺は……。
ミュウルニクスとマリアは俺を黙って見ていた。
その手がガクガクと震えている。
ふたりが息を呑んで、言葉を出せずに……。
「……合格ですよ。私たちが、あなたを本気で殺すわけ……ないじゃないですか……ちょっと力を試していただけなんです……」
マリアがそういって無理やり微笑んだ。
でも涙をながして震えている。
嘘をついている。
「はっはっはっは! ちょっとやり過ぎたかしら。でもいいでしょ。対人戦の修行にもなったことだし……」
ミュウルニクスが尻尾をフリフリしながら笑っている。
彼女達は無理やり笑っているが、きっと心の中では涙を流している。
何かに支配されている者の表情だ……。
いったい何に……?
もしかして君たちは監視してる奴の正体を知っているのか?
あの《死骨狼》や《大地喰らい》など、モンスター共をあやつり、俺達を監視している奴の正体を?
ミュウルニクスが静かに頷いた。
やはりそうなんだ。
いよいよだ……。
俺の知らない最後の謎が解き明かされる……。