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「なに? 地震?」
ジュディーが困惑している。
地面が激しく振動している……!
レオンハルトもオッドシュタインも、立っているのがやっとの状況だ。
「……いえ、これは地震じゃありません!」
ニーナは気がついたらしい。
数メートル先の地面が盛り上がっている。
やがて盛り上がった地面が割れて、轟音と共に何かが飛び出した。
そいつの姿を見て、ジュディーが驚きの悲鳴をあげる。
巨大な亀裂から、大蛇のような物体が競り出す。
そのやたら長い魔物には眼がなかった。
強靭な顎。鋭い牙がならぶ巨大な口だけがあった……!
異様なのはそれだけじゃない。
そいつには皮膚も鱗も無い。
わずかな肋骨と、鋭利な鰭のついた長い背骨。かなりでかい。
あいつもきっと屋敷を囲んでいる死骨狼と同じ仲間だ……。
なぜか俺はそうおもった。
きっと俺達を監視している奴が、あのアンデッドを操っているんだ……。
そいつはグオオオオンッと耳をつんざくような唸り声をあげた。
「ついに現れたか。こいつが領内を荒らしまわっている《大地を喰らう蛇》て化け物さ。こいつの咆哮は他の魔物を呼び寄せる。やはり野盗団は魔物の群れに襲われて滅びたんだ。このデカさ、ちと厄介な相手だな……!」
レオンハルトが吐き捨てる。
なろほど。
こいつが皆の言っていた……あの《大地喰らい》か……。
「どうしますか。回復アイテムが底をついてますし、ここは退却した方が……」
「わ、わたしも魔力が尽きちゃうよぉ……」
ニーナが撤退の必要性を論じ、ジュディーが慌てふためく。
レオンハルトは、頭に乗っている俺に問いかけた……。
「それで子狐くんだったらどうする? やっぱり撤退するか? それとも……」
戦うべきだ。
あんな危険な奴を、野放しにするわけにはいかない……!
その強い意志とは裏腹に、奇妙な違和感をおぼえていた。
《死骨狼》に、スライムゾンビに、あの《大地喰らい》……。
なぜ骸骨系のアンデッドモンスターが、こんなにも領内を跋扈してる?
あいつらはいったい何だ?
どうもおかしい。
アンデッドモンスターは俺の行く先々に現れて襲ってくる。
誰かが、俺を監視して消そうと思っている?
でもいったい誰が……?
いまは考えている暇はない。
俺の《照明魔法》でなんとかヤツの動きを遅らせてみる。
奴もアンデッドモンスターなら、光に対して怯えるはずだ。
その間にレオンハルトは、奴を倒す方法を見つけてくれ。
俺はレオンハルトの額に文字を書いて、そう伝えた。
たぶん伝わった……。
「回復アイテムがあと数個しかないし、ニーナちゃんもあと一回しか魔法つかえないみたいだし……」
ジュディーが不安そうな顔をしている。
無理もない。
回復アイテムのない状況で、あの巨大な怪物に挑もうというのだから。
「我が武器はドワーフ族の鍛冶師が設計したもの。いかなる邪悪も撃ち抜く聖具だ」
レオンハルトが自信満々にささやいた。
こんな状況でも彼は毅然として、目の前の敵に立ち向かう……。
そうか。
俺にもやっと分かった……。
だから彼は英雄なんだ……。
だから彼は義勇軍のリーダーとして、領民から絶大な信頼を得ているんだ……。
「《大地喰らい》は頑丈な骨で覆われているが、奴もスライムゾンビの亜種だ。口の中にスライムの核がある……。それを狙えば勝てる!」
勝利の女神は常に俺に微笑んでくれる。
それがレオンハルトの口癖。
幾千の魔物を屠ってきた、歴戦の勇士だけが手に入れる覇道だ。
「じゃあ決まりだな」
「ああ、レオンハルト様、それこそ我が偉大なる主、地母神アレイスター様の御意思です」
「ふうん。それで神様はなんて言ったの?」
「いつものやつさ」
骸骨大蛇が巨躯をうねらせ、こっちに鎌首をもたげた。
そして俺達を丸呑みにしようと大きく口を開けた。
このときを待っていた。
すかさず俺が《照明魔法》を放つ。
奴が驚いて、動きを止めた。口を開けたまま、無防備になった。
あとは冒険者たちの番だ。奴にとどめを刺してくれ……!
そのとき、レオンハルトが不敵な笑みを浮かべた。
「ジュディー、最後の力で火球を放ってくれ。奴の口にめがけて……!」
「ほんとうになに考えてんのよ、もう! 私の魔法じゃ、あの巨体を黙らせることなんてできないわよ……!」
文句を言いながらも、ジュディーはしぶしぶ応じてくれた。
契約魔法《燃えたぎる火球》を発動する。
それが奴の頭に直撃する間際、レオンハルトはクロスボウを構えた。
このクロスボウには矢を連続で射出する機構がある。
そして彼はクロスボウの弾倉が空になるまで撃ち続けた。
射出された杭が火球に命中して、骸骨蛇の鼻先で爆発をおこした。
火の粉が舞い散る。
閃光が煌めき空が真っ赤に染まる。
「うわああああ。眩しいいいい」
「きゃああああ!」
衝撃波で体が揺らいだ。
その後に砂塵が舞い上がって、皆がゴホゴホと咳き込んだ……。
「あーあ、もう信じれない。アンタの持ってる武器って最強すぎない? なんだかさあ、私達がいる意味ってあるのかしら?」
ジュディーが咳き込みながらぼやいた。
ニーナが再びかけてくれた補助魔法のおかげで、あの爆風を遮断することができた。
レオンハルトが笑いながら肩をすくめた。
オッドシュタインが倒れたニーナに手を貸していた。
だが《大地喰らい》はまだ生きている。
確かに核を破壊したはずだが……。
これほど巨大だと、核の再生能力が高いらしい。
それでもかなりのダメージを負ったはずだ。
この様子なら、あと数日は動けないだろう。
領地を荒らす魔物《大地を喰らう蛇》を封じ込めた。
そして農地改革にも成功した。
もう俺がいる必要もない。
大丈夫だ。
彼らならきっとうまくやれる。
だがこれで終わりじゃない。
俺達を監視してる奴を見つけないと……。
おそらく、そいつは人間じゃない。神に匹敵するほどの力を兼ね備えたものだ。
もういちどエドワードの屋敷に戻ってみよう。