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俺とレオンハルトが向かった先。
馬車で20キロほど南に走ったところに、義勇軍支部がある。
石を積み重ね、木材の屋根を拵えた門。
風雨にされされ、半ば崩れ落ちている。
みずぼらしいが、これが義勇軍の隠れ家だ。
この辺りを荒らしていた野盗団にやられたらしく、酷いありさまだ。
義勇軍メンバーは、物資を残したまま敗走した。いまは野盗が居座っているらしいが……。
何が潜んでいるか分からない。待ち伏せしているかもしれない。慎重に進もう。
レオンハルトは背後にいる三人に声をかけた。
いずれも領内の冒険者ギルドを経営していたメンバーだ。
彼らはもとは《黄金の戦士》クランという魔物狩りの専門部隊だったらしい。
「ついに来たな。さあ賊を追い払うぞ」
「うむ。だがレオンハルト殿、用心されよ。賊がどんな攻撃をしてくるか分かりませぬ」
鋼鉄の鎧を纏う大男が警告した。
年相応に老いた顔だが、巨躯からは老齢を感じさせないほど、覇気に満ちあふれている。
兜の面当てを下ろし、背中に括っていた鞘から巨大な戦槌を取り出した。
左手で鉄板のような分厚く大きな盾を握りしめている。
彼こそ《黄金の戦士》クランでも屈指の前衛騎士。
《鉄壁のオッドシュタイン》の異名を持つ男だ。
門を抜けた先に、ちょっとした広場があった。
木の枝と藁で作られた三角形のテントが複数ある。ここで義勇軍メンバーが寝泊まりしていたのだろう。
ぼうぼうと生えた草藪の中に、粗末な屋根の付いた井戸がある。
飲み水もあるし、野盗らはここをねぐらに変えた可能性もある。
はたして奴らはどこだ?
だが倒壊した建物があるだけで、人の気配はまったくしない。
裏手に回ると水はけが悪いのか、茶色に淀んだ大きな水溜りがある。
「レオンハルト様。やはり野盗たちのこの場所にいたようです……でも居なくなってだいぶ時間が経ってるようですね……」
ニーナという名の少女が頬を赤らめ、うっとりとした顔でレオンハルトに話しかける。
純白のフードに隠れた絹のような金髪。魔除けの刺繍が施された白い旅装束。
癒し手と呼ばれる名高い僧侶たちが修行に励む場所――ソーマホーク寺院の《聖樹の紋章》が旅装束に刻まれている。
上半身はゆったりとした法衣だが、歩き易くする為か、太ももが見えるくらいの短いスカートをはいている。
そして最高ランクの癒し手たちに与えられるという《クリスタルロッド》を両手で握りしめていた。
それは先端に水晶球のついた樫木の杖であり、装備者の治療魔法の効果を大いに高めるという。
彼女のように 《ソーマホークの癒し手》と呼ばれる僧侶は、熟練した治癒魔法を操るので、冒険者達に頼られているそうだ。
そのとき水溜りの底で何かが動いた、ような気がした……。
「ここに来る前に情報を集めておいたわ。近隣を荒らす野盗集団がいたみたいだけど、いつの間にか消えたみたいね。どこかに逃げたか、あるいは……」
彼女はジュディーという。
藍色の長い髪、そして三角帽子をかぶった少女だ。
その黒い旅装束は霜竜学院の卒業生に授与されるものらしい。
黒い三角帽子に施された赤い三角形のマーク。あれは火の精霊と契約せし者の証。
さながら火の精霊のごとく火炎を自在に操る優秀な生徒に与えられる、という特別な帽子だ。
銀製の細杖は貴族にしか買えない高級品。おそらくはどこかの令嬢だろう。
西の湖の霜竜学院の魔術師たちは、高度な攻撃魔法を操る。
レオンハルトが魔法使いの少女ジュディーに向かってうなずく。
「あるいは魔物共に襲われ全滅したか……」
鋼鉄の鎧を纏う大男オッドシュタインが付け加える。殺気を感じているらしく周囲に視線を配る。
レオンハルトもまた周りを一瞥した。
その視線に反応するように、水溜りの水面が波打つ。井戸付近の草藪がガサガサと揺れる。その何かはもう隠れようともしない。
それとも獲物を取り囲んだから、もう隠れる必要がないと思ったか。
敵の姿は見えないが、無数の視線を感じる。殺気に満ちた視線だ。