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米がないのは残念だが、これでもよい。
むしろこれだって味も良くて栄養豊富な穀物だ。
倉庫の見張り番をしてる女性達にとあるレシピを教えた。
大麦150gに対して水300mlの割合で鍋に入れて炊く。
これで麦ごはんの完成だ。
「……すごい! 麦にこんな食べ方があったなんて!」
とエリーが驚いている。
無理もない。
こっちの世界では麦はパンの材料に使う以外にない。
でも実際にはこのように意外な食べ方もある。
パンを作るより、低コストだし早い。
それに麦ごはんはもちもちしていて、俺は普通の米より好きだ。
あとは塩をかけて握るだけ。麦飯の塩おにぎりの完成だ。
おいしいから食べてみて。
「……」
「おいしい! ほんとうにおいしいわ……!」
ヴェルナスは無言でバクバクと食べているが、エリーはおいしいと喜んでくれた。
腹を満たせば、すこしは冷静になるだろう。
人間は万能な生き物じゃない。それはよくわかっている。
この世界にどれだけ神々の奇跡が眠っていたとしても、どんなに強力な魔力があっても、それを操るのは人間だ。
領内の人間達をただの数値か道具のように扱うのではあれば、地球の歴史に埋もれていった独裁者と何も変わらない。
彼らと同じ轍を踏むわけにはいかない。これは俺自身の戒めでもある。
だからこのままヴェルナスと憎しみ合っていてはだめだ。
よし。
仲直りのしるしだ。
俺は彼の愛犬のようにヴェルナスの手をペロペロと舐めた。
ペロペロペロペロペロペロ……。
「おい、やめろバカ。汚いなぁ……!」
「この子はこんなに頑張っているんだから、ヴェルナスも素直になりなさいよ!」
意外としっかり者のエリーが、ヴェルナスを一喝した。
おいおい。
頼むから喧嘩はやめてくれ。
レオンハルトも止めに入る。
そのとき調理場の扉が勢いよく開けられた。
入って来たのは老人だった。
あれ?
なんか見覚えがあるぞ。
奴隷商人を追いかけてマリアと馬車に乗っていたとき、森の中の貧しい集落に辿り着いたのを思い出した。
そうだ。
この老人は、たしかそこにいた長老さんだ。
泥がこびりついた服。息を荒げ、ここまで必死に走ってきたのが分かる。
「どうした爺さん……!」
「レオンハルト様。た、大変ですじゃ。南の義勇軍支部が賊に襲われたんじゃ……!」
「え……!」
賊だって?
義勇軍自体が賊の集まりに思っていたが。
水や食料があって、それなりに良い装備を持っていたから略奪者に狙われたか?
資金を奪われたか?
だが問題は別にあった。
エリーやヴェルナスがその知らせを聞いて硬直している。
南の義勇軍支部。
彼らの村が近くにあるらしい。
魔物の他にもクロスカイン領には、略奪を続ける無法者がいるのか……。
そいつらの討伐もしないといけない。
「わかった。すぐに案内してくれ。エリーとヴェルナスは危険だからここで待ってろ……」
そういってレオンハルトが冒険者らと共に外に出て行った。
俺はレオンハルトの頭に乗っかって、一緒について行った。