表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

54/71

54頁


「ああ、手が臭い。暑くて疲れたし、やってられねえ! 農地改革なんて馬鹿がすることなんだよ。エマジア島には豊穣をうながすルーン魔法があるんだ! それでいいじゃねえか!」



 とうとうヴェルナスも音を上げた。

 豊穣をうながすルーン文字魔法か……?


 たしかにエマジアには神秘の古代魔術語がある。かつて創造神がつくりあげた精霊たちを操る《ことば》。そして《しるし》。

 それがルーン文字だ。

 その中には、大地の精霊や植物の精霊に干渉してもらうルーン文字がある。

 その魔法を使えば、大地の魔素マナを作物に注入して成長を加速させることが可能らしい。


 念のためレオンハルトに聞いてみた。たしかにそうやって農業に成功した僻地もあるようだ。

 だが俺はその方法に断固反対する。


 だってそれを例えるなら、病人が薬をやって気分がハイになってるだけの状態だろう?

 魔法によって大地から強制的に栄養を搾り取っていたら、やがて本当に不毛な砂漠になってしまう……。


 地球でも、無理な主体農法を推し進めたせいで破滅寸前になってる国もあるんだから。

 いいかい。地道な努力が道を切り開くんだ。


 それからレオンハルトと鍛冶屋を見学に行くことになった。

 彼が俺を抱っこしようとしたので、するりと腕をすり抜けた。

 残念だが、俺は男に抱っこされるのが嫌いだ。

 そのかわり俺は彼の頭に乗っかることにした。

 彼が長髪なので、髪にしがみ付いて頭に乗ることができた。


 レオンハルトが困った顔をする。

 気にしたらダメだ。

 モフモフした帽子をかぶってると思うんだ。



 すると一緒について来たヴェルナスが、野生児じみた鋭い眼光で、俺をめつけた。



「この忌々しいカーバンクルめ。どうせレオンハルト様を騙して、密かに嘲笑っているんだろ? お前をよこしたのも罠だったんだ……! 俺たちはまんまと乗せられた。領主を暗殺する機会を永遠にうしなった! 今ごろ糞ったれのエドワードは、俺たちをどうやっていたぶり殺すか考えてワクワクしてるだろうよ……。こんな馬鹿げたことしたって、時間の無駄なんだ!」


「やめてよヴェルナス……。レオンハルト様の前でそんな……」



 エリーがなだめるが、ヴェルナスは頭にかっと血が上り、我を見失っている。



「エリー! お前も忘れたわけじゃないだろ! 俺たちの父さんや母さんはエドワードの無能な政策のせいで、まともに食えず、過労死させられたんだ……!」


「それは……でも……」



 やはり問題の根は深い……。

 もうこれ以上犠牲者を増やさない為にも、ここで農業問題に終止符を打たなくては……。


 そしてこればかりは魔法に頼ってはいいけない。

 魔法というものは、とても便利で価値がある。

 その反面、使い方によっては破滅をもたらす。

 大地の精霊の力を借りた魔法は、作物に大量の魔素マナを注入するから、一時的には豊作になったと喜ぶだろう。

 でも土壌の栄養の浪費が激しくなり、やがて不毛の砂漠になる。

 それはつまり体力のない病人に、薬をうって無理やり働かせるようなもの。

 根本的な解決にはならない。


 エドワードの父、先代クロスカイン伯爵がそれによって、無理な農業を推し進めていたらしい。

 結果として土地は疲労した。火山噴火という災厄もあって、灰が降り積もり領内の農地は荒廃した。


 よって魔法に頼ってはいけない。

 官民一体となった地道な努力こそが成功の鍵だ。

 それがやがて道を切り開いていく。

 それを説明するが、完全な賛同は得られない。

 やはり領民と領主の間には深い溝があるなぁ。

 伯爵のペットの《俺》がここにいるだけでも、かなり険悪な雰囲気だ。

 とくにヴェルナスは俺を憎悪の目で睨み、エドワードへの怒りをぶつけてくる。



「レオンハルト様も目を覚ましてくれよ。こいつはあの憎きエドワードのペットなんだよ。きっとこれは罠なんだ……くそ、エドワードめ。奴が俺たちをいたぶり殺すために送り込んだに違いない……」



 しかしレオンハルトは頑なに俺を信じてくれる。ほんとうに心強い。

 下級騎士でありながらも彼の熱いハートは、領民たちの絶大な支持を集めている。

 義勇軍のリーダーとして申し分ない存在だ。


 彼のおかげで俺は皆から信頼されるようになった。だがヴェルナスはちがう。

 坊主憎けりゃ袈裟まで憎い。憎き領主のペットもまた憎いと……。


 これもそれも先代領主が無能だったせいだ。

 それにエドワードも魔法の研究に没頭して政策を怠っている……。

 ヴェルナスやエリーの村は、無理な農業を推し進めたせいで病気と飢えが蔓延した。


 でもそれも今日まで。

 農地改革も成功した。今後は作物が豊富に収穫できる。もう飢える心配もない。

 穀物を売って税金を納めることもできる。



「もうやめてよぅヴェルナス……。こんな場所で愚痴っても、なにも解決にもならないわ」



 なんとかエリーがなだめる。



「……ヴェルナス、ほんとうにすまない。俺が不甲斐ないせいで」



 とレオンハルトが頭を下げる。

 意外と律儀な奴だ。


 さて。

 仕事が続いて皆も腹が減っているだろう。

 人間というのは腹が減ると、どうにもならないからね。


 しかたない。


 俺は食料庫を訪れた。

 パンの原料になる大麦があった。


 いやこの世界は地球とは違うのだから、パンをパンと呼んでいいのか、麦を麦と呼んでいいのか分からない。とにかく大麦に似た穀物は豊富にある。


 俺はあるアイデアがひらめいた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ