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 若葉の香りが、爽やかに匂い立つ季節。つまり今は初夏。

 俺はレオンハルトと相談して、義勇軍拠点から8キロほど離れた場所にやってきた。

 森の東は開けた場所になっており、果てしない荒地が続いている。

 比較的に砂利の少ない土地を選別する。そして55ヘクタールの痩せた土地を柵で囲った。

 野生動物に荒らされないよう柵は頑丈なものにする。

 将来、この農地がどこまで発展するか楽しみだ……。



「クロスカイン領は、特に魔性動物が蔓延はびこっており危険なのさ。街道は至るところが荒れ放題。他の領主との交易も滞っている」



 そう。まさにレオンハルトのいうとおりだ。

 クロスカイン領は魔物が跋扈して荒れ果てている。



「知ってるか? その中でも特に厄介なのが《大地喰らい(アースイーター)》なんだぜ」



 レオンハルトがそっと俺につぶやく。

 アースイーター?

 なんだそれ?

 はじめて聞く名前だ……。

 エリーがそっと教えてくれた。


 それは領地を荒らしている魔物らしい。

 俺たちが図書館地下から抜け出す時に潜った穴……あれは《大地喰らい(アースイーター)》が地中を掘り進んで出来た穴なんだと。


 俺は屋敷の外で見た光景を思い出した。砲弾を受けた様に地面がボコボコに穴が開いていたが、あれも《大地喰らい(アースイーター)》の仕業らしい。



 うん、だとすればかなり厄介だ。あんな硬い岩盤に穴をあけるなんて……。

 古くからいたらしいが、とんでもない化け物がクロスカイン領に棲みついてるんだなぁ。

 エドワードも運が悪い。厄介なものが領地に紛れ込んでいる……。

 とにかく、いずれは冒険者達と協力して討伐しないといけない。

 だが今は農地改革の計画をまとめたい。




 問題は領地を荒らす魔物だけじゃない。

 西は波の荒い海で、東は険しい山脈が連なっている。ゆえに移動できる行路はかぎられ、事実上陸の孤島だ。交易路が制限されている。

 さらにクロスカイン領は農業に適してない地形だ。

 だから食料や日用品の多くは、他の地域の輸入に頼っている。

 つまり陸の孤島になっているクロスカイン領にとって、貿易問題は最重要事項だ。

 それをいいことに商人達が結託して、輸入品の値段をつり上げて利益をむさぼっている。

 もし義勇軍が俺に協力してくれたら、そんな非合法な反社会的組織など壊滅させてやりたい。

 いずれは商業改革も必要になる……。


 しかしいま重要なのは領民が飢えないこと。

 領民が生きていくのに必要な食料が、常に確保されることだ。

 



「意味分かんねぇよ。なんで俺が鍛冶屋の爺さんと一緒に、貝殻を焼かないといけないんだ? そもそも、なんで貝殻を焼くと作物が豊穣になるんだ? さっぱり分かんねぇや……」



 うんうん。

 ヴェルナスは愚痴りながらも、熱心に仕事をこなしている。

 彼もやる時はやるんだ。



 さてと。

 いま彼には鍛冶屋の爺さんと一緒に、竈で貝殻を焼く仕事をしてもらっている。


 そしてエリーをふくめ、村の子供や女達には浜辺を掘って二枚貝を採取する仕事を与えている。

 そして男達は貝の解体と運搬役だ。


 どうやらクロスカイン領には貝を食べる習慣がないらしい。

 聞けば貝やタコなどの軟体動物は悪魔の使いであり、食べると呪われるからだそうだ。

 そもそも俺が住んでいた日本とは食文化が違う。食べ物として認知されてないのだ。

 まあ分からなくもない。


 農民の皆さん。

 二枚貝を無理に食べろとはいわないが、これを契機に貝を食料にしてみてはいかが?

 さて解体され中身を取り出した貝殻は藁で編んだ籠に入れてもらう。

 貝の中身は別な容器に分けて置こう。




 元漁師の男から面白い話を聞いた。

 このあたりの魚は油分が豊富らしい。

 そのせいかその死骸を喰らう細かい虫たちも油分を蓄える。

 そして、その虫を食う貝類も体内に油分が溜まっていく。


 なるほど。油分が多いなら食料には向かないよなぁ。


 でも興味深い。うまくいけば貝から油がとれるぞ。魚油ならぬ貝油だ。

 これも地球とは違う歴史をたどってきた、この世界の神秘というやつだ。

 この世界はほんとうに不思議に満ち溢れているんだなぁ。



「ううむ……貝の中身を圧縮装置にかけて油を搾りだせ、とカーバンクルが言ってるんだ……」



 俺はレオンハルトに頼んで、彼らを説得してもらった。

 そして新たに油搾取班をつくった。

 油の売買でさらに領民が儲かれば嬉しい。



 ところで仲間達の中には、なぜ貝殻を焼くのか分かってない者もいる。

 ヴェルナスもその一人だ……。


 俺が試そうとしているのは貝殻を1000度で焼いて石灰に変えること。

 鉄の加工品を取り扱う港町の鍛冶屋なら、1000度を出す竈の設備もあるはず。

 そう思った俺は鍛冶師たちに協力をあおいだ。



 堆肥に石灰を加えればリンが生まれる。作物の成長に欠かせない栄養素だ。

 この肥料を定期的に生産できるようになれば、クロスカイン領の農業は大きく発展する。


 だが手作業となると、思っていたよりも時間と費用がかかるなぁ……。

 高額な金を払って、工場を建設すべきか。


 エリーが言うには、これからだんだん暑くなって、激しい雨の降る雨季がやってくるらしい。

 なんとか雨季が来る前に、農地改革を推し進めたい。



「くだらねえな。だいたい貝殻なんて焼いて何の役に立つんだ? あのカーバンクルは俺達のことをからかってやがるんだ……」



 と鍛冶屋で作業していた若い衆がぼやいている。


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