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俺を信頼する理由。
それは俺のつけていた首飾りだ。
これは碧魔鋼と呼ばれる特殊な金属から作られているようだ。
碧魔鋼の製造技術と加工技術は古代のドワーフ族のみが知る。
「こんなすごい首飾りをつけているなんて、やっぱこの子狐君は普通じゃない。やはり伝説の守護聖獣様だぜ。エドワードなんかにはもったいねえ。これからは俺たちの味方だよ」
彼の言葉に、少なからず反感を持っていた農民たちも渋々承知した。
さてレオンハルトさえも驚かす古代ドワーフ族の首飾り。
これは俺がやもり竜を倒したとき、奴の腹から出てきたモノだ。
不老不死のやもり竜は千年前、ドワーフ族の王国が栄えていたときから生きていた。
その王国の戦士を首飾りごと呑み込んだのだろうと、レオンハルトは言った。
なるほど。彼は博識だ。
ただのお調子者じゃない。
そこは感心するが、やはり第一印象は大事。
どうしてもロリコン変態騎士というイメージが拭えないよなぁ……。
「だが今は義勇軍の……領民たちの未来のことだ……。この子狐君が言うように、悪しき領主を討ってもどうにもならねぇ。やはり諸悪の根源は国王カアル1世だぜ。エドワードは奴に操られているに過ぎない……」
レオンハルトもその結論に至った。
国王カアル1世。またの名を《血塗れ王》。
血も涙もない暴君と囁かれる。貴族らに重い税金を課し、人身売買なども平気でおこなう……。
「ふざけるな! 血塗れ王もクソだが、それでエドワードの罪が許されたわけじゃないぞ!」
農民のひとりが叫ぶ。
まあ無理もない。
農民らにとってエドワード・クロスカインという人物は、国王から気に入られたい虚栄心の塊であり、己の利益のためなら平気で領民の首を吊るす怪物だと思われているから。
彼が実際にどんな人物であるかは、このさい問題ではない。
だが実際に人身売買など多くの非道をおこなってきたのは、彼でなく先代クロスカイン伯爵だ。
カアル王の圧政。領民の反乱。エドワードも不幸な男だ。
先代の尻ぬぐいに奔走している。
血塗れ王との悪しき関係を断ち切ろうとしているようだが、うまくいってない。
でも俺は皆を救いたい。領民も、そして領主も全員だ……。
だから俺を信頼してほしい。
さて。
ここで本題に入ろう。
俺がこれまでに見てきた領地の現状を整理する。
クロスカイン伯爵領は、エマジア島中央部を支配するケイン王国の西にある。
すなわち広大な沿岸部と険しい山脈を抱えているわけだ。
温かい南部から潮が流れて来るので、沖では魚が豊富にとれる。
また領地の東に位置する山岳地帯は、豊かな原野と丘陵が広がっており絶景だった。
そして領内の要といえる港街ヘルゲンは、8万人が集う大都市だ。
この世界にとってはだが。
だが島の中でもかなり発展しているのは間違いない。
そしてエドワード・クロスカインが伯爵位を継いでからというもの、領民の生活は次第に悪化し、困窮している。
作物はまともに育たず、領民のなかには餓死者がでている……。
クロスカイン領の法律では、農地の所有権は領主にある。
また漁船など、ある程度の大きさの船舶は、法律で領主の所有物になると定められている。
よって農民漁民はこれらを私物として保有することはできない。
彼らが飯を食うためには、領主から高額でそれらを借りる必要がある。
彼らが苦労して得た利益のほとんどは、借金の返済に回されるわけだ。
あるいは国王直属の組合が経営する大規模奴隷農園か、低賃金の繊維工場で喘ぎながら働くしかない。
ブラック企業顔負けの過酷な労働環境だ。
働いても働いても、生活はよくならず、子供を売り飛ばさないとやっていけない。
残念ながらこれがクロスカイン領の現実である。
今の財政を維持するためにも、法律を安易に変更することはできない。
ますます領地は困窮してゆく《負のスパイラル》だ。
これを改善するには、まず農地改革から始めるしかないが、どうだろうか……?