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 本の森を抜け、たどり着いたのは地下迷宮。

 暗くてよく見えないが、かなり奥ゆきのある部屋だ。

 長い机や椅子が乱暴に倒されている。

 部屋の隅には本棚があって、それも破壊されている。


 これは何かが争った跡か?


 よし、ニオイを嗅いでみよう。

 そうおもって狐のような長い口吻マズルを床に押しあてる。

 なんだろう?

 なんともいえない臭いだ。

 なんだか酢のような臭いがする。強烈に鼻をつく独特な臭いだ。


 何か潜んでいる?

 やはり魔性の類か?


 領主エドワードは『俺の鍛錬レベルアップをしたい』と言っていたような……。

 つまり俺はここで魔物と戦って生き延びないといけないのか。それがすなわち鍛錬だ。


 ならば受けて立とう。


 さいわいにも俺の体は羽根のように軽い。

 はっきりいって、前世の人間だったころに比べると、こっちの体の方がずいぶんと馴染んでいる。

 あのたるんだ体では、もし何かに襲われたら対抗できないろう。

 そうおもい苦笑いした。


 でも……。


 でも今は違う。

 この足なら敵の攻撃をすり抜けられる。

 この牙なら敵に噛みついて傷を負わせられる。


 もっと奥に進んでみると壊れた木箱チェストが放置されていた。

 いちおう前足で器用に開けてみたが、中はからっぽだった。

 まあ回復アイテムが入ってたらラッキーと思ったが。

 しかしそれにしても珍しい銀細工がほどこされているなぁ。


 地球では人間は銀とともに歩んできた。人間の歴史は銀の歴史であるといっても過言ではない。

 すでに紀元前のエジプトでは銀の加工品で溢れかえっていたらしい。同時期のギリシアでも通貨として利用されていた。つまり銀が無ければ地球の文明はここまで発展しなかったというわけだ。


 そしてこれはつまりこの世界でも銀が流通しており、文明もそれなりに発展しているということだ。俺はまだこの世界の片隅しか見てないが、なんだかワクワクする。


 箱の取っ手は銀細工で、デフォルメされた魚の形をしている。

 その魚の《モチーフ》というのが興味深い。


 地球でも魚は神聖なものとして崇められたり、あるいは津波を起こす災いの主としておそれられたりする。

 旧約聖書に登場するリヴァイアサンは巨大な魚であるし、面白いものだと古代ローマの奴隷剣闘士グラディエーターもそうだ。

 魚兜闘士ムルミッロと呼ばれる剣闘士は、魚の頭をした兜をしめて戦った。

 おそらく地中海に面しているローマでは、魚は身近な生き物だったに違いない。

 そして前に進み、決して後退しない魚は勇猛な証として捉えられ、戦士達の象徴になったのだろう。



 ここは島だから、魚は身近な存在のはず。魚料理もたくさんあるだろうし、魚をかたどった装飾品もたくさんあるだろう。

 

 これは俺の偏見かも知れないが、異世界というものはもっと殺伐さつばつとしていて、可愛いものとは無縁の人種が住んでる場所だと思っていた。

 どうせこういう木箱チェストも竜や髑髏どくろの紋章をかたどった無骨なものばかりなんだろう。

 ……と勝手に解釈していた。

 だからおどろいた。

 取っ手は青い魚がニコッと笑っているデザインだ。この世界の住人もおちゃめというか可愛いものが好きなんだなぁ。

 俺は妙な親近感をおぼえながら奥に進んだ。



 本棚のかわりに台座のようなものが現れた。

 左右の壁にいくつもの台座が平行して並んでいる。

 その台座と台座のあいだには柱があって、そこから光がもれている。

 これはランプか?

 蝋燭ろうそくを透明なカバーで覆った物が柱に掛かっている。

 台座のある場所には奥行きがあって、祭壇めいた煌びやかな飾りがされていた。

 そして壁には大きく立派な絵画が飾ってある。

 地球で例えるなら、それは神々しい宗教壁画のような印象だ。


 その祭壇は規則正しく並んでおり、俺が歩くたびに次から次に現れる。



 立派な顎髭あごひげを生やし、重厚な鉄の鎧をまとう大男の絵。

 その周囲には無数の敵の屍が累々(るいるい)と横たわっており、勝利を祝福するが如く炎形刃のつるぎを掲げている。さながら無敵の騎士王といった感じだ。


 その隣は、天秤てんびんを持ち、優しく微笑む女神の絵。

 天秤から公平さを感じ取れるし、その柔らかく温かい瞳からは、母性の優しさを感じる。

 天秤から法律などの学問を連想する。法律や知識を司る女神だろうか。


 さらには、つむじ風を鎧のようにまといて、弓矢を構える半裸の青年の絵。

 雷のような形状のほこを左手に携え、右手には大きな鉄の槌を持った老人の絵。

 大きな鎌を両手に携え、無数の骸骨を従えた死神の絵。



 それを見ているとなんとなく分かった。

 これはこの異世界の神々の絵なんだ。

 そして、きっとここは偶像崇拝するための画廊なんだと。

 そしてこの世界は日本と同じく多神教で、さまざまな神を崇拝しているんだ。


 ふと俺はある絵を見て立ち止まった。

 地面にひざをつき針と糸を手にしている、深々とフードをかぶった神様の絵。

フードを被っているせいで、男か女か判別しにくい。

 そのローブの胸の部分には蜘蛛のような紋章が描かれていた……。


 祭壇にはなにやら《詩編》のようなものが彫られている。

 だが俺には読むことができない。

 なぜかこの絵を見ていると胸がさわぐ。

 前世の記憶が洪水のようにあふれ出す!


 蜘蛛の神?

 あれ?

 俺……どこかで……この神様と会っている……。

 でもどこで?

 いつ出会った?

 それがまったく分からない。でもなぜか懐かしく感じる。

 そういえば前世で俺が最期に見た光の糸……。

 あの光景がよみがえる。


 俺の体に光の糸が絡まって、そして俺の魂をこの異世界に導いた?

 もしかして、俺をこの異世界に転生させてくれた神様? 

 もっとたくさん話をしたはずなのに。

 なぜそんな大切なことを、俺は思い出せないんだ……?

 まるでそのときの記憶を瓶に詰めてきつく蓋を閉めたように、まったく思い出せない……。


 涙がほほをつたう。

 ならばもっと強くなって、もういちど会いに行こう……!


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