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俺に何をたのむというんだ?
「お前は頭がいい。ここまで優秀なカーバンクルは初めてだ。マリアやミュウルニクスも密かにお前のことを尊敬している。それにやもり竜を倒したお前なら、きっと地下迷宮の最下層まで行けるだろう。でもそれはまずい。だからもう地下迷宮には潜るな」
なぜ?
俺がもう地下迷宮に潜ってはいけない?
マリアとならダンジョンの最下層まで行ける。
そうでなくても魔物と戦うたびに、俺はレベルアップして強くなれるんだ。
それなのに、もうダンジョンに潜るなだって?
なぜそんなことをたのむ?
図書館の地下迷宮に潜って、最下層に眠る秘宝を持ち帰ることが、エドワードの悲願じゃなかったか?
そうすれば満足して、領地経営に真剣に取り組むと思っていたのに……。
どうして?
どうしてそんな急に止めろというんだ?
「理由は聞くな。だがもしもこの反乱で私が死んだら、あの地下迷宮を封鎖して、お前もここを立ち去れ。なるべくなら、この島を離れて遠くへ行け。お前は《あいつ》に目をつけられている……。地下迷宮の奈落の底から、お前の活躍をずっと見ていたらしい。《あいつ》にとってお前のような勇敢で賢いカーバンクルは目障りな存在でしかない。だから急いで島を出ろ。《あいつ》が本格的に動き出す前に……」
あいつ?
あいつって誰だよ?
エドワードが《神の魔法》の研究をしている事と、なにか関係があるのか?
もしかして、アンデッドを操っている奴を知っているのか?
あんなに大量のスケルトンを操るなんて、かなり屍霊術に長けている奴だろう……。
そしてそいつはどういうわけか、エドワードや俺たちを監視している。
いったい誰なんだ?
たのむから教えてほしい!
「それ以上は聞くな。だがお前がこれ以上でしゃばると、マリアやミュウルニクスにも危険が及ぶことになる。それを理解してくれ……」
エドワードの表情は重く、苦渋にみちた声だった。
はじめてダンジョンに潜ったときのことを思い出す。
あのときはエドワードに命令された。だから俺はダンジョンに潜った。
思えば、あの頃からエドワードは多くを語らなかった。常に何かを隠している様子だった。
俺の知らない何かを苦慮して、俺の知らない所で密かに動いて結論を出して、その結果として、もうダンジョンに潜るなと言っている。
どうしてなんだよ!?
「……くどいぞ。どうしてもだ」
ちがう!
俺が言いたいのはそんなことじゃない!
俺は頭に血がのぼってカッとなっていた。
紙とコインをどんなにいじっても、この気持ちを伝えることができない。
もどかしさを感じて苛立ちが募る。
俺だって馬鹿じゃない。
エドワードが無能じゃないって事も知っている。
あの繁栄した港町を見てはっきりと分かったんだ。
あそこまで町を発展できたのは、少なからずエドワードの功績がある。この島の防衛にも一役買っている。
それにエドワードは農民の反乱を前にしても冷静でいる。
あの死骨狼の群れが暴徒を鎮圧するのを知っていたからだ。
やはりエドワードは死骨狼を操っている奴の《正体》を知っているんだろ?
力も富もある。敵の正体だって知っているはず……。
それなのに、エドワードははそいつの言い成りになっている……。
それが分からないんだよ……。
たとえどんな理由があったとしても、俺はエドワードの言う事には従うつもりでいた。
エドワードが地下迷宮に行くなと言ったらそうするよ。
この島から出ていけというなら、出て行くさ。
でも。
納得できないんだよ……。
だってどうしてひとりで全部背負い込もうとするんだよ!
なぜ俺に秘密を明かしてくれない?
なぜひとりで破滅しようとしてるんだよ!
見かけはモブキャラのくせに、ひとりで何もかも抱えて苦しむな……!
俺に相談できなくても、マリアやミュウルニクスだっているはずだ。
なぜそうしない?
俺は湧き上がる情を思いっきり紙の上にぶつけた。
それを見たエドワードは、苦々しい顔をしたままうつむいていた。
黙ったまま……。
「すまん。理由はいえない。だが、どうしてもだ……」
苦渋にみちた顔で、拳を握りしめながら、彼は細い声でそういった。
そう……。
そう……なんだ……。
それなら……こっちだって従わないよ。
彼の願いをはねのけ、その意志を紙にしめした。
理由も知らされずにここから出て行けなんて、そんな約束はできない。
エドワード……悪いけど……いまのは聞かなかったことにする……。
エドワードの言う《あいつ》が誰かは知らないけど、そんなのは知ったことではない。
俺はこれからも図書館の地下迷宮に潜る。
そしていつか制覇する。最下層まで到達して、そこに眠る秘宝を持って帰ろう。
あるいはその場で燃やしてしまうかもしれない。
たぶん、そんなものがあるから迷いが生まれるんだ。
だからその迷いを断ち切る。
もう魔法の研究は終わりだ。
これからは真剣に領地経営に取り組んでほしい。
富める者も貧しい者も、皆が幸せに暮らせる街をつくってほしい。
だから、そのために俺はダンジョンに潜るんだ。
理由も分からずに、それを断念することはできない。
マリアやミュウルニクスだって、ほんとうはそれを望んでいるはずなのに。
でも彼女たちには黙ってる。なにも言うつもりはない。
エドワードがなにも話してくれないのなら、俺は自分の信じる道を突き進むまでだ。
俺は無言のまま書斎を去った。
絶対にダンジョンの秘密を突き止めてやる。
だが、まずはこの反乱を抑えないと。
レオンハルトに会うにはどうすればいい?
そうだ。
あの子供達なら……。
ヴェルナスとエリーなら、屋敷の外に出るための《秘密の通路》を知っている!
俺は急いで地下迷宮にむかった。