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「言っておきますが、私達を捕まえても無駄です。すでに大勢の勇敢な戦士たちが、屋敷を取り囲んでいます。領内の冒険者ギルドも、農民達に加勢してくれました。たとえ私達がここで死んでも、必ずや義勇軍たちが邪悪な領主を討ち取ってくれるでしょう……!」
エリーと名乗る少女が高らかに宣言する。
俺は身震いした。
なん……だと……?
ということは、すでに義勇軍が屋敷を包囲してる?
やばい。
このままではエドワードの命が危ない。
怒れる暴徒たちによって、すぐにでも捕まり処刑されるだろう。
しかたない。
ここはマリアに任せて、俺は脱兎のごとく地下迷宮を抜けた。
図書館のなかは埃が舞っており、まるで時間が停止したようだ……。
こんな大惨事なのに、不気味なほど静まり返っている……。
なんでこんな大事なときに、ミュウルニクスはいないんだ!
暴徒たちが攻めてきたら、みんな捕まってしまう。
そしたらこの図書館だって、腹いせに焼かれてしまうぞ。
「悪魔な領主エドワード・クロスカインを倒せぇぇぇ!」
叫び声がきこえた。
《怒涛の雄叫び》といった方が近いかもしれない。
俺は螺旋階段を駆けのぼり、図書館の屋上に飛びだした。
見えるのは無数の光。
あれは松明の火だ。
民衆らの怒りを体現する紅蓮の炎だ。
屋敷を取り囲むように高い防壁が建っているが、いつまで持ち堪えられるか分からない。
正面の大門は、閂でしっかり閉ざされているが……。
それも大きくしなって悲鳴をあげている。裏側から破城槌で攻撃されているのだろう。
男達の雄叫びがさらに大きくなった。
たのむミュウルニクス!
俺たちに力をかしてくれ。この暴動を止められるのは君しかいない。
だが願いもむなしく、正面の門が打ち破られた。
鍬や鋤で武装した農民がなだれこんでくる。
数にして20名ちょっと。かぎ縄や梯子をかけて防壁をよじ登って来る連中もいる……。
全部合わせると50名ほどだ。
どうすればいい?
飢え苦しみ、あるいは家族を攫われた悲しみに、身を震わせている連中だ。
これもエドワードが招いた結果だが……。
果たして破壊を繰り返せば、彼らは癒されるのか?
いやちがう!
こんなことしても領民たちは救われない。
おそらく王都から兵士団が報復にやって来る。
謀反の罪で彼らは捕まり、全員処刑されてしまう……。
それを彼らは分かっているのか?
農民たちを煽っているレオンハルトは、本当にそれでよいのか?
己の復讐さえできれば、皆が捕まっても平気なのか?
くそ。
愚にもつかないことばかり浮かんでくる。
だがまずはどうするか考えよう……!
暴れる民衆が屋敷の前まで近づいたとき、何か白いものが地面の中から現れた。
まるでイルカが海面からジャンプするように、その白い影も地面をえぐりながら飛び出す。
その白い影には見覚えがあった。
いつかの夜、外に出た俺を執拗に追いかけてきた……あの死骨狼どもだった。
他にも人型の骸骨がいる。そいつは手に棍棒や錆びた剣を持ちながら、侵入してきた領民たちに襲いかかっている!
どうなっているんだ……?
だって骸骨らは俺やマリアやエドワードを、外に出さないために見張っていた連中じゃなかったか?
やはり屋敷から出る者や、近づく者はすべて殺すつもりなんだ……。
そういうふうに誰かに命令されてるんだ。
幸か不幸か。
アンデッドの軍団はしだいに数を増して、暴徒たちを圧倒した。
突然の奇襲を受け、民衆は苦虫を噛みつぶしたような顔で敗走する。
そのなかに一際目を引く者がいた。
農民には一生まとえない美しい白銀の鎧。
もしやあの鎧の男がレオンハルトか……!
「レオンハルト様、ここは我々が引き受けます……貴方はどうかエドワードを……!」
革の鎧で武装した集団がレオンハルトの後ろについた。
それは農民が民兵をきどったような、いわゆる垢抜けない野暮な連中とはまるで違う。
武器や防具の扱いに長け、とても戦い慣れている風貌だ。
「我ら《黄金の戦士》クランを舐めるな! アンデッドどもめ、貴様らモンスターの倒し方は十分に心得ているぞ……!」
そうか。
あれが冒険者ギルドの連中か。
魔物と戦い慣れている冒険者達も、エドワードの圧政に反旗を翻して、農民に協力しているんだ……。
くそ、階段を降りるのも面倒臭い。
早くしないと手遅れになる!
やっと屋敷の二階にやってきたとき、エドワードは自分の書斎にいた。
こんな状況だというのに、彼は異様なほど落ち着ついていた。
こちらに背を向けて、窓から外の、暴徒らが骸骨の群れに襲われている様子を、ただ静かに見つめていた。
「また図書館の地下迷宮に降りたんだな。照明魔法のレベルも上がっているのが分かる……」
馬鹿な。
こんなときになにを言ってるんだ!?
外では農民たちの反乱が起きているんだぞ!
「実はさきほどミュウルニクスが来て教えてくれたんだ……お前とマリアが連携して、あの凶暴なやもり竜を仕留めたと……」
なぜかエドワードは抑揚のない声でいった。
この現実に疲れ果てたのか、それとも何かを逸らすためにあえてそうしてるのか……。
「すまんがお前にひとつだけ頼みがある……」
だからこんなときに何を言ってるんだ!
農民らが暴れている。捕まればお前は絞首刑にされるぞ!
もう魔法の研究なんてやめろ!
あの図書館を封鎖して研究資料を全て破棄するんだ。
ちゃんと現実と向き合って、領地経営に専念すべき時が来たんだ!
「くぎゅう……ぎゅうう……!」
たのむからこっちを向けって。
俺はその思って何度も叫んだ。
するとエドワードがゆっくりと振り向いた。
その目を俺は一生忘れない。
エドワードがこんな目をしたのは初めてだ……。
こんなにも真剣に他人に乞うような目をするなんて……。
「こんなときだからこそ、お前に頼むんだ……マリアもミュウルニクスも他の誰もいない……お前とふたりっきりだからこそ、たのむんだ……」
──こんな時に真剣な顔をして。
いったい俺に何をたのむというんだ?